2話 扉に謎の鎖

 さてと。今日も今日とて、向こうの世界に行って、情報収集――と行きたいところだが、あの人に何かあったようだ。


「……ふむ」


 彼に渡した翡翠の護り石。その片割れをボクは持っているけれど、これは邪なものから、一時的にその身を護る効果を待つんだ。ただ、ヒビが入った。つまり、効果を発揮したというわけだ。


「渡した翌日かい……全く。困ったものだね」


「いやぁ、困ったものはお嬢ですよ」


「本当ですよ。まさか、あの男が気になっているとは」


「黙れ」


「「ほげっ!?!?」」


 うるさい鬼達はひっぱたいて、そのまま遥か彼方に吹き飛ばしておく。そして、ボクは玉座から降りると、ある場所へと向かう。


「爺は出掛けたところだ。あの商店街の結界を破るには、やっぱりこれしかないな」


 玉座の間から出て、そのまま右へと曲がり、真っ直ぐに廊下を歩く。こっちの世界は、常に夜みたいに真っ暗で、向こうの世界の太陽とやらが、ボク達には痛いほどに眩しい。


「さて……と」


 そんな事を考えながらたどり着いた部屋は、煙で充満していた。


「ケホケホ、全く相変わらずな……おい、煙婆えんばあ! 煙婆いるか!?」


 すると、充満した煙が中央に集まっていき、しわくちゃの老婆が現れた。とはいえ、体は煙で出来ているんだけどね。


「おや、月愛様。お珍しい。私に御用で?」


「あぁ、ちょっとあの煙管を持っていきたいんだ」


「はい?」


 あっ、しまった……普通に物の名前を言ったのじゃダメだった。


「あ~もう……一夏のランデブーに得た、2人の愛の結晶だよ!」


「あぁ、あれですか」


「なんで毎回こう言わないといけないんだ」


 ややこしい名前を付けてからに。しかもこの婆やは、あの狐の爺と夫婦ときたものだ。

 つまり、ボクが持っていこうとしている煙管は、2人が一夏の恋の果てに生まれた――ってどうでも良いや。今はボクが持ち主となっているが、煙婆に預かってもらっている。


「ふふ、月愛様も遂に……」


「いや、違う」


 部屋の奥から箱を持って来てくれたのは良いが、余計な事を言いそうになっている。急いで煙婆の言葉を遮るが、無言のままモクモクとボクに纏わりついてきた。


「ゲホゲホ、何するんだい!?」


「この婆やの目を欺けるとお思いか? 月愛様。あなたの表情は、愛しい人の危機に、颯爽と飛び込もうとしているお顔をです」


「んなっ!? いや、違う! 違うから!」


 この婆やは、こういう恋の話には敏感なんだ。変に悟られない内に、とっととこの煙管を持って行かないと。


 変に悟られないってどういうことだ? 違う、気のせいだ。ボクがあんな、パッとしないような男に――


『京華さんは可愛いですね』


「その台詞を思い出すな、バカ!!」


 いや、本当に……ボクはどうしたというんだ。なぜ、なぜあんな男……。


「えぇい! 下僕候補がピンチなんだ! 持っていくぞ、煙婆!」


「はいはい。色々と美味しかったし、50歳若返っちゃいましたわ」


「本当に若返らないでくれるかい?」


 なんせ煙婆は煙だし、容姿は老婆から若い女性の姿にまでなれる。ただ、お婆さんの姿の方が本当の姿だから、あんまり若い姿は長く持たないらしい。


「ほほほほ~! 久々の恋バナにたぎったわ~! 爺さんや~今宵はハッスルよ~!!!!」


「爺さん歳だからほどほどにな……」


 せっかくの江戸前美人が台無しだね。


 とにかくボクは、煙管の入ったその箱を持ち、また玉座へと戻る。


 この煙管なら、あの結界を壊せる。それだけ強力な道具でね、このボクでも、まだ完全には扱いこなせていないのさ。


「まぁ、一か八かだね」


「あ、お嬢~ちょっと酷――げふっ!?」


「いや、待ってくださいお嬢! 私達が見え――がふっ!?」


 途中で変な2人を突き飛ばしたが、別に良いや。

 というか、あいつらなんの為に存在しているんだ? ボクにぶっ飛ばされる為か? いくらなんでも、的確にボクの前に出るんだもんな。


「あぁ、その前に……ちょっと腹ごしらえをして――と」


 玉座に戻る前に食卓に向かい、そこに並んでいた食事をかきこむと、そのまま玉座へと向かう。


「あぁ、月愛様! そんなはしたない食べ方は……」


「むごご、むごむご……ん~ゴクン。すまない、急いでるんだ!」


 給仕係りに何か言われたけれど、気にしない気にしない。そして玉座の間に付いたボクは、その後ろの扉へと向かい、そこに飛び込んだ。


「お嬢! あなたばかり、向こうの世界で得しようったって、そうは行きませんよ!」


「やられてばかりが私達ではないですからね!!」


「んなっ! なんでお前達まで!!」


 扉を開き、そこに飛び込んだ瞬間に、金角銀角まで飛び込んで来たよ。全くしつこい。

 何とかして、向こうの世界でボクの弱味を握ろうという魂胆か。見え見えなんだよね。


「はっはっは~! お嬢に付き従うのが、私達の使命!」


「負けたなら負けたで、その使命だけは――」


「従っちゃいないよね?」


「「…………」」


 はい、黙り込んだよ。毎回反乱を起こされちゃ、従ってるとは言えないからね。ただただ、鬱陶しいほどにまとりついてるだけだ。


 ただ、着いてきたものは仕方ない。邪魔だけはされないよう、しっかりと釘を刺しておかないとね。


「2人とも、着いてきたのは仕方がない。良いかい? ボクの許可なく好き勝手したら、懲罰だからね? 当然、極獄ルートだ」


「「…………」」


 黙ったまま震え始めたね。


 さて、しかし……何だか問題が発生したようだ。ボクが行っている世界の扉、重厚そうな鉄の扉だが――


「おいおい、なんだいこれは?」


 これまた大きくて重厚そうな鎖によって、グルグル巻きにされていた。昨日帰るときは、何もなかったはずだぞ。


「お嬢、なんですか? これは」


「まるで、私達を来させないようにするためのような……」


「そうだね。ただ、ボクにはこれがある。下がってろ、2人とも」


 ボクが小さくした箱を取り出した瞬間、2人とも一気に後ろに下がったね。

 これは、さっき煙婆から渡された煙管さ。こうやって小さくして、待ち運びも簡単に出来るようになる。


 その箱の、横に長い引き出しから、ボクは長めの管を取り出すと、それを口に咥えて、先の丸い窪みになっている所に、狐火を灯す。


「妖術最大解放。狐火、爆煙昇華!!」


 そして、思い切り息を吸い込み、煙管を口から離すと、グルグル巻きの鎖に向かって、今度は思い切り息を吐き出した。

 それだけで、大量の煙と共に爆炎が舞い上がり、鎖を一気に溶かし落としていく。


「うわ……流石はお嬢の本気妖術」


「かなりの結界だろうな……あれは。それを燃やし落とすとか……」


 2人がビビっているなら結構だ。ボクなんかに、無駄に反乱を起こそうなんて思わないだろうね。


 それにしても、いったい誰だろうね。こんな結界を張ったのは。しかもこれ、商店街に張ってある結界と似ているよ。

 つまり普通の妖術だと、この前のように弾かれて終わりだけれど、この煙管は、ボクのお母様から譲り受けた、歴代女王の最強妖具なのさ。


 こんな結界くらい、わけないさ。


「さてと、2人とも。良いかい? この前の男性が来て、例え何か変わったことがあったとしても、一切口にするなよ。あの男性は、急いてこっちに引き込もうとしても、ダメだ。うん、何だかそんな感じがするんだ」


「あぁ、確かに……」


「あの男、普通の人間ではなかったな。いや、人間なんだが……血か? 家系……というものか。そんな感じですね、お嬢」


「あぁ、そうだ。向こうの世界に起きていることの、その原因が、あの男を調べることで分かるかも知れない。だから、一切手出し無用だ。良いね?」


「「はい、分かりました」」


 こいつらには、殺気を放てば一発で言うことを聞くな。いや、今は……というべきだね。油断はしないでおこう。


 そしてボク達は、鎖が外れた扉を開き、またあの世界へと向かった。

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