3話 天然なお嬢様

「それで、月愛様。首尾は?」


「んん、あ~まぁね、中々あっちの世界も難しいね。ただ、仲間に出来そうな奴は見つけている。おいおい攻めていくさ」


「さようですか。そう言って、もう半年ほど経ちますが?」


「いや、まぁ……ね」


 Tシャツにジーパンという、非常にダサくてラフな格好から、和風でノースリーブの、ちゃっとだけ派手な服装に着替えたボクは、早速爺から鋭い言葉を投げ掛けられた。大きな椅子に座り、その返事を考える。

 確かに、あいつを仲間にするにしても、時間がかかりすぎている。


「それに、先代の女王、あなたのお母様の持ち物を、ひたすら向こうに持って行っているようですが、無くしたりはしていませんよね?」


「大丈夫大丈夫、大事なのは売ってないから」


「売る?」


「あっ、いや、何でもない」


 こう見えてこの爺は、色々と口うるさい。

 今でも、こうやって短めのスカートに、脚を組んで座っているだけで、物凄く鋭い視線を送ってくる。それこそ「はしたない」と言わんばかりにね。言わせないけど。


 ちなみに、ボクがこうやって脚を組んでいるのは――


「いやぁ、お嬢。今日も素敵な履き物ですね~」


「いやいや、肩も凝っておりますね~」


 ――こいつらに靴磨きと、肩揉みをさせるためさ。威厳も出るしね。


「やれやれ、曲がりなりにも金角銀角ですな。月愛様の妖異から、ほんの数分で脱してくるとは」


「ほんの数分でズタボロだけどね」


 確かに出てくるのは早い。ただ、見た目はもう、乞食の人ですか? っていうくらいに、ボロボロになってしまっているんだよね。情けないものだね。


「それで、進行対象のその世界は、どれ程に厄介なのですか?」


「ん~そうだね。まず最初に、そこにはいくつもの『国』があるんだよ。そして、その国同士で喧嘩したり、睨み合ったりしてるね。沢山の人の種類、考え、主張等があって、1つの国でも意見の違う人が沢山いる」


「なんと、1つではないのですか……」


 ボク達がいるこっちの世界は、国という概念事態がない。

 考えや意見が違う事はあっても、住む場所を取り合う事はあっても、国家とかいう変なもので縛ったり、押さえつけたりはしないね。


 その時点で、直ぐには攻め入れないと判断したのさ。


「ふむ……となりますと、先ずは1つの国から……ですか。それはもう、決めておられるのですか?」


「あぁ、日本という国をね。比較的平和で、国の中での争いはない。簡単に奪えるかもしれないね」


 他の国は、色々と武器とか軍事力とかがあって、何なら同じ国の人同士で争っているし、貧困で明日生きるのもやっとなんて所もあるし、そもそも何世代前から進化していないのですか? って人達が住む国もあるし。


 そうなると、日本ほど一番平穏で、平和で、底抜けに危機感が無い国はないね。潜入するのも楽だったよ。


「それで、その日本という国の中に、仲間に出来そうな者が?」


「んん、ん~そうだねぇ……頼りないけど、まぁ、何かありそう……なのか? いや、うん、そうじゃないとね」


「歯切れが悪いですな。その者はいったい――」


「いやいや、ただの一般人一般人。うんうん」


 危ない危ない。爺の目が光っていて、何なら爺まで一緒になって、あそこに着いて来そうな勢いだよ。

 そんな事になったら、それこそ面倒くさい事になるよ。させないけどね。


「それより、そろそろ夕食にしようか」


 腹が減ってはなんとやら、ボクは彼等にそう言い、椅子から立ち上がると、そのまま大きなホールへと続く扉へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


 夕食は、沢山の人と食べると美味しい。


 色々と考えないといけないこともあるし、引っ掛かっている事もある。

 向こうで起きている、ある事件に関してだけれど、実はボクもあまり分かっていないんだ。ただ、向こうの世界の、人々が信仰している物の何かが、あの事件を引き起こしているのだけは分かった。


「それを、あの男に教えてなんになるのかな」


「月愛様、何をブツブツと」


「んぁ、何でもないよ」


 豪華な魚の煮物をツンツンしながら、ボクは考え事をしてしまっていた。しかも、口にまで出ていたね。


「早く食べないと、腐ってしまいますよ」


「もう腐ってる」


 こっちの世界とあっちの世界。もう1つ違うのが、調理された物の傷みが早い事だね。だいたい30分程で腐るから、料理する方も食べる方も大変なんだよ……。


「はぁ……向こうの世界で食べてくれば良かったよ」


「あぁ、話に聞く限り、向こうでは腐りにくいそうですな。食物の日持ちも良いとか?」


「そうだよ、爺。だから、早く向こうの世界が欲しいんだけど、いかんせん何か変なんだよね」


「向こうの世界の物を食べるにしても、実験をしてからでないといけませんぞ」


「うるさいなぁ、爺は」


 確かに、人間が食べられても、ボク達が食べられる保証はない。誰かで試さないとね。


 そう、例えば……あいつらとか。


 と、ホールを見渡してあいつらを探すが、一切見当たらない。どこにいるんだ。


「おい、爺。あいつらはどこだ?」


「あいつら? あぁ、金角銀角ですか。そういえば、見当たりませんね」


 ボクの肩揉みと、靴磨きをさせた後、風呂掃除をさせていたのまでは見ていた。

 ただ、その間に夕食が出来て、それで急いでしまって……ヤバい、そこから見てなかった。


「月愛様……しっかりと見ていて下さい。そうでないと、あいつら――」


「扉で異界にか……しかし、どこに?」


 あいつらが行くあてなど、ボクには全く分からない。

 帰ってくれたなら万々歳だが、そんな簡単に帰るような玉ではないし、直前で話していた中に、何かヒントは――あっ、ま、まさか。


「いかん! 急いで追いかけなければ!」


「えっ? 月愛様、お食事は?!」


「捨てておいてくれ!」


 これがこっちの世界での問題なんだ。腐った食べ物が、あちこちに……いや、それよりも、あいつらを追わないと。


 おそらくあいつらは、向こうの世界に行った。ボクが攻略しようとしている、あの世界に。


 何をしようとしているかは分からないが、ボクの弱点を探るつもりだ。弱点にはなり得ないけれど、あの男を見つけてしまったら。いったい、何をしでかすか分からない。


 急いで着替えたボクは、玉座の間の扉に行き、そこに飛び込むと、向こうの世界へと向かう。


「くそ、あいつら……油断も隙もない。だが、向こうも夜だ。頼む、あいつ家に居てくれよ」


 またグネグネとした道を走り、向こうの世界の扉を見つけると、そこへ飛び込んだ。出て来たのは当然、あの商店街で、ボクの店だ。尻尾と耳を隠して、あいつらを探す。


「さて、あいつらは……っと」


 直ぐに辺りを見渡し、あいつらが居ないことを確認すると、急いで商店街の出入口へと向かう。

 こっちの世界で、あいつらに好き勝手されるわけにはいかない。せっかくのボクの努力が、水の泡になる。


「しっかし、いったい何処――」


 だけど、心配する必要はなかったかも知れないね。


「……何をしているんだい? 君達」


「あっ! お嬢~! 助けて下さ~い!」


「どうなっているんですか?! これは~!!」


 商店街の出入り口、古くなったアーチ型の装飾のある場所で、金角と銀角が見えない何かに張り付けにされていた。

 否、パントマイムの様にして、壁に張り付くような格好をしていたよ。


 ここから出ようとして出られず、そのまま身動きが取れなくなったんだね。


 さてそうなると、いったいどういうことだろう。


「ボクはここから出ようとはしなかったし、これは気付かなかったよ」


 そもそも、ここに来てまだ半年も経っておらず、慎重に情報収集をしていたんだ。


「ふむ、となると……もしかして」


 そう思ったボクは、ソッと商店街の外に手を伸ばした。すると――


「おっと、なるほど……出られないね」


 ボクも壁のようなものに遮られて、そこから出られなかった。見えない結界のようなものが、この商店街に張られている。そもそも、この商店街には人影がなかったから、怪しいとは思っていた。

 それでも、彼から色々と聞けていたから、あんまり気にはしていなかったんだ。


「お嬢……あなた、今まで不思議に思っていなかったのですか?!」


「この商店街、人っ子一人居ないでしょう!」


「う~ん、手が離れない。トリモチかい? これは……」


 2人の声よりも、ボクまで手が離れなくなったことに焦るよ。こうなったら、ちょっと試そうか。


「妖術解放、結界割――うひょぅ!?」


 妖気を手に集め、ボクは妖術を発動したが、それと同時に吹き飛ばされた。

 お陰で手は離れたが、どうやら妖気に反応して、弾き飛ばしてくるようだね。ますますどういうことか分からなくなった。


 それを見た2人も、妖気を放って何とか脱したね。


「はあ、はぁ……お嬢~」


「もっとこの辺りの事を、良く調べてからにして下さいよ~」


「いや~すまんすまん」


 とりあえず、ボクは何も悪くないね。うん、何も悪くない。

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