2話 最強女王、妖狐「月愛」

 日が沈み、今日の商いが終わった。と言っても、客なんてたった一人なんだけどね。いつからだろう、あの人が気になるようになったのは。


 パッとしない男性なのにね。


「ふぅ~情報収集終了――って、一人からなんだよね……中々捗らないものだなぁ」


 集めたガラクタを整理して、固まった肩を解して、それからボクは、妖術で変化した姿を解いた。


「よっ……と。人間の姿でいるのも、不便で仕方ないや。尻尾も満足に触れないし、音も中々拾えない」


 そう、ボクの正体は妖狐。と言っても、ただの妖狐じゃない。


「……もうちょっと大人の姿に変化したいんだけど……変化してもあんまり変わらないのは、どういうことだろう。いや、分かってる。人間界じゃ、妖気が不安定なんだってば」


 本当なら、スタイルの良い、妖艶な人にも変化出来る。だけど、ここだと精々、この尻尾と耳を隠すくらいの変化しか出来ない。


 子供っぽい容姿は、本来の姿そのものだ。そこに、狐の尻尾と耳が付いただけ。それが、本当のボクの姿。

 笑わないでよね。これでもさっき言ったように、普通の妖狐じゃないんだから。


「さて、帰ろう~」


 帰り支度も出来たから、自分の家へと帰ろう。


 それにしても、今日はちょっと攻めすぎた。

 彼を、に引きずり込もうとしてしまったよ。


 どうしてだろう……どうしてあんなにも、あの人が欲しいんだろう。


 店の裏手の、小さな小さな細道に入ると、今日の事を思い返して悶絶しそうになった。一旦忘れよう。

 とにかく、そこにある小さな鳥居に、自分の妖気を放ち、そこに道を繋いだ。向こうの世界の道をね。


「妖異解放。異界迷路」


 小さな鳥居が、人が一人入れるくらいの大きさになる。

 たまにあるだろう? 一本道の山道を歩いているはずが、鳥居が見えてくること。あれはこれさ。異界に繋がっているから、決して入ったらいけないよ。


 その中に入ると、沢山の道がある。


 グネグネと宙を浮いていたり、遥か下まで続く階段があったり、途中で途切れた砂利道があったり。

 慣れない人間が入ると絶対に迷うし、適当に進むと、とんでもなく離れた場所に出てしまうからね。


 実はこの中には、更にこの世界とは違う世界に繋がる扉がある。


 その場所は、だいたい固定されているんだけれど……。


「また動かしたな。あの2人……」


 ボクの立場上、ボクを消そうとする人がいるからね。その扉の場所を、毎回変えてくる奴等がいる。


「全く……妖気を探れば、その動かした跡が分かるから、意味がないよと毎回言っているのにねぇ」


 自分の尻尾を靡かせ、風の流れを探る。耳をピクピクと動かして、些細な音も聞き逃さない。

 あいつ等にお仕置きする為には、その決定的証拠の時に、突然現れて上げないとね。


「――――」


「んん、この声だ。お~お~丁度話し合っているね。作戦通りだってか? 甘いよ」


 その声の先へと向かうと、扉を動かした妖気の跡が続いていた。詰めが甘いものだ。あれでいて、名はそこそこ知られているからねぇ……信じられないものだ。


 そんな事を考えていると、ボクが出掛けに通ってきた扉を見つけた。


 重くて重厚そうな、和風の扉。この先が、ボクの住む世界だ。

 この扉は、人間では絶対に開けることが出来ない。妖気を持っていないと、無理なのさ。


「さて、また妖術で――っと、いや、前に居るね。となると……こっちが良いか」


 普通に開けるんじゃつまらない。それならもう――ドーンと行くしかないよね。


「妖術解放――いや、めんどうくさいや。それ、ドーン!!!!」


「「ギャァアアア!!」」


 狐火を強化した大爆発で、目の前の扉を吹き飛ばし、その勢いで扉を開け放つと、その扉の前にいたバカな2人が、扉と一緒に吹き飛んだ。黒こげになっているけれど、大丈夫だろう。


「おい、金角に銀角。言ったよね? こんな事をしても、妖気を辿ればバレるってさ」


「あ、あがは……お、お嬢。お帰りなさいませ……」


「あ、あはは……そ、そんな、そんな事は決して……」


 黒こげになっているのは、あの超有名妖怪、金角と銀角だ。ただ、ボクが行っているあっちの世界の奴等とは違う。

 この扉の、別の扉からやって来た、異界の金角銀角さ。その証拠に、肌は小麦色の肌をしていて、髪の毛もしっかりと固めていて、そう、確かチャラ男とか言う言葉があったけれど、あいつ等のやっている髪型なんだ。


 模様の入ったスーツに、金髪と銀髪でトレードマークを示して、それでも完全に見た目はホストの男性だよ。ボクの一番嫌いな人種だね。無責任で、女心を弄ぶからね。

 いや、立派な職業ではあるし、無い方が良いとは思わないけれど、女性の人生をおかしくしているのだけは、確かだろうね。


「さて……と」


「ぐはっ、お、お嬢……背中に乗られたら……」


「はい?」


「いや、すみません」


 金髪の金角の方に足を乗せ、椅子にしようとしたけれど、まだ無理そうだったから、そのまま乗っかってあげた。文句を言いそうになったから、睨んでおいたら黙ったよ。


 本当にこいつらは、面白いなぁ。


「おい、銀角。爺は?」


「あ、はい……あの、出掛けておりまして」


「ん? いつもこの時間には戻っているだろう?」


「え、あぁ……いや、今日は……時間が」


「ん?」


「…………」


 冷や汗ダラダラだねぇ。


 この大きな広間に漂う殺気。ボクが出て来た扉の前にある、立派な飾りのある玉座に、誰かが座った痕跡のある妖気。窓から漂って来る、他の鬼達の殺気と妖気。爺の妖気も、しっかりとこの城の地下にある。


 この大きな和風の城塞の、地下の牢獄にね。


 今回で何回目かは分からないけれど、実はこんなのは日常茶飯事。いい加減に飽きて欲しいところだよ。


 ボクはただひたすらに、にこにこと笑顔を向ける。殺気の籠った笑顔をね。


「あ……う……あの、いや、お嬢。聞いてください」


「それも何回目かな? 銀角。それじゃあ今日は、天獄ルートが良い? それとも地獄ルートかい? 極獄ルートの方がお勧めだけど」


「あ、あの……それどっちも、地獄の『獄』の文字が……」


「正解~妖異解放」


「ひぃやぁぁああ!! お嬢! 妖異だけは、妖異だけはぁああ!!!!」


 満面の笑みで右腕を上げ、全力の妖気を解放してあげたら、外の鬼達の気配が消えたね。一目散に逃げたようだ。

 それなら、取って置きの妖異を使って、君と金角にお仕置きだ。


「大丈夫だ。とても楽しい玩具が舞う、素敵な空間へと案内して上げるよ」


「ぁあああ!! いや、それ、玩具じゃなくて、拷――」


「諦めろ、銀角。お嬢が現れた瞬間から、俺達の敗北は決まっていた」


「小便散らしながら言うな! 金角~!! まだ必死に謝れば、何とか――」


「なりませ~ん」


「あぁあああ!!」


 とても情けない悲鳴を上げながら、2人はボクの作り出した素敵な空間へと消えていく。

 大丈夫さ。ほんの一時間、素敵な空間で遊べるだけだから。あぁ、命がけだけどね。


「うふふ、この阿鼻叫喚。たまらない~」


月愛かぐら様。お戯れはその辺で」


「あぁ、爺。なんだ、出てきたんだ」


 2人を素敵な空間に送り込んだ後、広間の入口から、年老いた男性が現れた。

 この男性が、ボクがさっき言っていた爺さ。名前は何かあったけれど、爺は頑なにその名では呼ぶなと怒るから、もう忘れちゃったよ。


 ちなみに、牢獄から難なく脱する事が出来るから、この爺も普通じゃないのは分かるよね。

 見た目は、そこら辺にいるおじいさんと変わらないけれど、整った髭と、開いているのか分からない細目が特徴的だね。そして更に、白い狐の尻尾と耳が生えている。


 この爺は、数千年を生きる妖狐なんだ。


 あんな鬼くらいに遅れを取ることはないのに、何故か毎回捕まっている。遊んでいるんだよね、この狐も。


「爺、君もなんだかんだで遊んでるじゃん。あの異界の鬼達でね」


「ほほ、月愛様が治めるこの世界、この国は、ただただ平和で、飽きるのですじゃ」


「同感」


 そう、ボクはこの世界の、人間達の住む世界とは別の世界の、魑魅魍魎、悪鬼羅刹の蔓延る世界の、確固たる最強女王なのさ。

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