幻妖商店街へようこそ

yukke

プロローグ ~怪しい商店街と怪事件~

1話 シャッター商店街の骨董品店

 シャッターが目立つ商店街。近くの大型ショッピングモールにお客を取られ、時代を写す寂れ具合をさらす中、一店舗だけ明かりが点いていた。


 時間はまだ日も傾きかけた頃だが、一人の男性がそこに入って行った。


「いらっしゃ――って、また君?」


「はい、また俺です。すいませんね~新規客じゃなくて」


「ん、まぁ良いよ。君くらいだからね、こんな所に来るの」


 男は身なりはそれなりで、どことなくヘラヘラして、あまり頼りがいはなさそうである。

 返事をしたのは、若くて綺麗な女性だが、歳は中学生から高校生くらいの容姿である。


「いやぁ、なんかここ、落ち着くんですよ」


「それは良かった。いつもので良いの?」


「えぇ、いつものお香で」


 そう言われ、その女性はかけていた眼鏡を下ろし、読んでいた本を閉じ、店の奥に向かっていく。

 お香と言うが、この店の中はよく分からない雑多なものが置かれていて、どれも古く、年代を感じさせるものだった。


 つまりここは、骨董品を扱う店であり、お香はその骨董の中の品であった。


「はい、これだね」


 その後、奥から男性に言われたお香の入った袋を持ち、女性が戻ってきた。

 幼いように見えても、顔は整っており、肩までの綺麗な薄く茶色い髪は、男の1人や2人は足を止めてしまうほどだ。


 この男性も、そんな彼女目当てに足を運んでいると言っても、過言ではなかった。


 ライバルは多い――ように見えるが、実はさっきまでの間に、1人もお客が入ってきていない。


「相変わらずお客居ないですね~」


「そうだね。でも、ボクはこの方が暇で良いよ。あと、君とお話も出来るしね。お香なんか、ただの口実でしょ?」


「いや~」


 苦笑いする男性は、罰が悪そうな表情を浮かべながらも、心の内を読まれた以上、誤魔化しても仕方がないと開き直っていた。


「全く、また愚痴だね。そんなに大変かい? 介護職というのは」


「そりゃ、まぁ……愚痴っても仕方ないんですけど」


「仕事があるだけマシだろ? この商店街を見てみなよ」


 そういうと、女性はまた奥へと向かい、次に戻ってきた時には、その手にはお茶を持っていた。


「いつもすみません、京華きょうかちゃん」


「こ~ら、見た目こんな感じでも、ボクはもう成人しているよ」


「あぁ、そうでした」


 それでもまんざらでもなさそうな彼女は、少しだけ笑みを浮かべ、レジ横の小さなスペースにある机にお茶を置くと、椅子を引いた。


「座りなよ。まぁ、愚痴らないと気持ちは晴れないし、そんな状態で介護していても、そのご年配の人達は分かるんだろ?」


「あはは……そうなんですよ。何故かそういうのが鋭くなるのか、認知症になられても、ズバリとね」


「厄介だねぇ……」


 彼女に誘われ、男性はその椅子へと座ると、ゆっくりとお茶を口にする。


「今のこの国の状態って、本当に酷いんだね」


「酷いも何も、介護に関してはほったらかしですよ」


「昔とは違うねぇ」


「まぁ、俺達はまだ仕事で、8時間だけで良いですが、ご家族でとなると……24時間ですからね、キッツイですよ」


「そうか――そこがつけ入る隙かな」


「はい?」


 途中、何故か神妙な顔付きをした彼女に、男性は聞き返すが、彼女は柔らかな笑みを浮かべてお茶菓子を差し出した。


「あぁ、何でもないよ。ほら、今日はちょっと良いお茶菓子を持ってきたんだ」


「おぉ、これはまた美味しそう。本当に、いつもすみませんね」


 そう言いながらも、男性はそのお茶菓子を手にし、一口食べていた。

 特別イケメンではなく、頼りなさそうな顔付きに、疲れも相まっており、目の下に隈等を携えていると、人として大丈夫なのかと思われそうである。


 しかし、彼女はそんな男性を、何か慈愛にも似たような、優しい眼差しを向けていた。


「そんな君が倒れないかと、ボクは心配なんだけど?」


「あはは、ありがとうございます。まぁ、まだ大丈夫です。施設としては、ちゃんとしている所ですよ。事務の人達も親切ですし、無茶を吹っ掛けては来ないです。その更に上は、ちょっと微妙ですけど……」


「ふふ。聞いていると、他の施設はもっと酷かったりするようだね」


「えぇ、まぁ……利用者からの暴力も我慢しろとか、セクハラも我慢しろとか、逆に事務の人が職員を守らず、利用者やご家族の言うことしか聞かなかったり、当然その逆もありますが……」


「お~お~酷いものだねぇ」


 そんな話をしながらも、ここにはお客は一切やって来ない。

 寂れた商店街だからなのか、人通りも少なく、たまに年配の夫婦が前を通るくらいである。しかし、こちらには目をやらない。


「……だけど、いつも不思議なんですが、ここって俺以外のお客来てます?」


「あ~直接は殆どないよ。配達でなら、たまにあるけどね。ほら、歌舞伎やらの小道具とか、色々ね」


 そう言われ、男性が店内を見回すと、相変わらず訳の分からないものが並んでいて、中にはどう扱うものか分からないのもある。

 しかし確かに、歌舞伎等の小道具に使われそうなものならある。


 この男性も、フラりと立ち寄ったのは、篠笛しのぶえがあったからである。お祭りや神社の祭事で使われる、和風の横笛である。


「それより、少しは吹けるようになったかい?」


「いやぁ、なかなか……音は出せるんですが、楽譜がね……」


「本当に、介護職は大変だねぇ。レクリエーションで使うなんて。色々やらされて、しかも薄給か……」


「それでも、京華さんが言っていた『働けるだけマシ』ですよ」


「これは一本取られた。ふふ」


 楽しそうな談笑もいつものこと。彼女はこの時間が、いつまでも続けば良いと思っていた。

 そしておもむろに、彼女は棚から篠笛を取り、それを手にすると、男性に一声かける。


「こうやって吹くんだよ」


 彼女が篠笛に口を当て、静かに音を出す。それから、ゆっくりと綺麗な音階を奏で始めた。


「……」


 その綺麗で心が洗われるような音は、男性を呆然とさせるには十分過ぎた。


 しばらく彼女は演奏を続け、終わった後には静かな空気が流れていた。


「――いや、そんなに聞き入られると恥ずかしいんだけど」


 その静かな時間に耐えきれず、先に口を開いたのは彼女である。


「あ、ごめんなさい。いやぁ……京華さん、凄く上手なんですね。びっくりしました」


「そ、そうか? こんなの、小さい頃から吹けていたから、そんなに褒められると照れるな……」


 そう言いながらも、彼女は頬を少し赤らめ、満更でもなさそうな顔つきをしている。


 この店内だけは、優しい時間が流れていく。


 そんな時間だけが、男性の唯一の癒しでもあった。


 そんな時、店の奥の部屋から、テレビの音が聞こえてくる。


『――また、行方不明者です。市内の40代男性が、先週から――』


「おや、またかい?」


「えぇ、またですね。他県ではなく、この市内だけとなると、土地勘のある人が犯人か……はたまた――」


「――神隠し、かい?」


 そう言った彼女は、妖しげな表情で男性を見た。

 いつもとは違う、人ではない何かの雰囲気を纏った彼女は、少し妖艶に見え、男性は無意識に、その額に汗を流していた。


「…………」


「――あっはは。そうビビらないでよ、可愛いな」


「んなっ……」


 すると彼女は、いつも通りの雰囲気と表情に戻り、篠笛を机に置いた。


「そう簡単に神様神様と言わない方が良い。本当に、引き寄せてしまうからね。現に、神様は気まぐれさ。ただ――」


「ただ?」


「こんな無闇に大量に、人攫いはしない」


 その彼女の言葉には、重みがあった。冗談で言っているような雰囲気ではなく、何か知っていそうな口ぶりだ。

 骨董品の柱時計の針が鳴り、静かな時の流れを知らせても、男性の鼓動は何故か、その倍の音を鳴らしている。


「――京華さん、あなたはいったい何を……」


「……ん~ボクより、君が仕事でお相手している人達の方が、知っているかもしれないよ。というか、知りたいのかい?」


「えぇ……そりゃ。だけど、あの人達は……」


「まぁまぁ、聞くだけ聞いてみても良いんじゃないかい? 知らない可能性もあるしね」


「いや、そもそも、言葉を理解しづらく――」


「……お百度参り。その単語だけでも、何か反応はあると思うけどねぇ。そんなに知りたければ……だけどね。知らない方が良いこともあるのは、大人である君でも、理解しているよね」


 それでも男性は、その場から動かず、ただじっと彼女を見ていた。


 どれだけ時間が経ったのか、あるいは一瞬か、彼女はこれ以上聞いても無駄だと感じたのか、ため息をひとつ漏らす。

 そして、そのまま席から立ち上がると、店の端にある古い洋箪笥へと向かい、その中から何かを取りだし、こちらへと持ってきた。


「……そこまで言うなら、君にこれを話しても害はないだろうけれど、こういうのは話すと、後戻りが出来なくなる。それでも良いなら……ね」


 そう言って彼女が差し出したのは、古びた分厚い封筒だった。中に、何十枚という書類が入っているのだろう。


「……なんですか、これは」


「この国の政府が隠している、ある事件に関しての書類さ」


 それを、何で彼女が持っているのか。それは分からなかったが、それでも、その神隠しの謎を解き明かせる、唯一の手がかりなのだとしたら……自分が何か事実を知れば、SNSなどを通じて……と男性は考えたが、直ぐに止めた。


 これが本当かどうかなんて、誰が証明出来るのだろうか。


 男性は、人一倍好奇心が強く、こういう話しにはついつい食いついてしまう所があった。


「京華さん、すいません。この話しはやっぱり……」


「おや、そうか。そうだね、ボクもちょっと急きすぎたね」


 机の上の封筒を、ソッと店主に返した男性は、目の前の彼女にどことなく、人ではない何かを感じ取っていた。


「こんなので好意を引こうなんてね……」


「え? 今何と……」


 そして、ポソリと呟いた彼女の言葉に、彼は聞き返す。


「いやぁ、何でもない。何でもないよ、気にしないでくれ」


 だけど、彼女はいつも通りの笑顔で、彼の言葉に返事をする。悟られたくない気持ちを滲ませながら、それでも彼女はいつも通りに振る舞う。


 それでも、そこからは2人とも、どことなくぎこちない感じで時が過ぎていった。

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