第6話 歪んだ相方

打ち子の”青年”が、軍団を率いていた”若者”の素性を語った。

どうやら軍団内では相当嫌われているらしい。

それでも、パチスロの実力は折り紙付きらしく、バイトのしない大学生や、働かないスロニートなど、

”若者”が判断する台を打つだけで日当を稼げる為、文句はあれど打ち子が途切れることはなかった。


”青年”は”若者”に一泡吹かせたい様子だったが、藤吉は”青年”が在籍していた”若者”の軍団に騙された身。

にわかに”青年”を信じることができなかった。


返答に困る藤吉を察してか、”青年”はおもむろに財布から現金を取り出した。


「ほら、生々しくて悪いんだけど、手付金の3万。」


藤吉は目を丸くした。

現在、”青年”の会員カードには1万枚弱の貯メダルがあるという。

前日に番長3で万枚を達成し、明日”若者”の集金があり、渡す予定のメダルだという。

今回の作戦が成功すれば、貯メダルは全て”青年”のものとなる為、成功報酬も払うとのことだ。


「どう?やってくれる?」


既に答えが決まっていた藤吉だったが、現金を見せられてすぐに返事をしてはと、

いささか、妙なプライドが脳裏を過ぎり、こう切り出す。


「話だけでも聞かせてもらおうか…」


”青年”は笑いを堪えた。

作戦は至って単純だった。


作戦開始。


藤吉は”青年”に命じられた北斗天昇を打ち始める。

400超えの断末魔ゾーンで激闘ボーナスを勝ち取ったが、AT突入は無かった。シマ端で待機している”青年”へ目線を送る。

藤吉はカニ歩きし、隣の台へと移った。

すかさず、藤吉が打っていた台を”青年”が確保し、有利区間継続中の天昇を高速消化する。

一方藤吉はのらりくらりと隣で0Gからの天昇を打ち始める。

間、トイレへ行ったり、電話をかける振りをしたりと、ゆっくりゆっくり消化していく。

そうこうしている内に”青年”が激闘ボーナスを引き当てた。藤吉と同じく、AT突入は無かったが、下皿50枚程度のメダルが残った。

会員カードを差したまま”青年”は離席する。


少しの時間を置いて、隣の台から会員カードとメダルを回収しにきたのは、”若者”だった。藤吉とは目を合わせず、開き直った表情だ。

その”若者”の顔を、藤吉はマジマジと見つめている。


”若者”が去った数分後、”青年”が台へと戻ってくる。

ひどく困惑した様子を見せ、スタッフ呼び出しボタンを押した。



「ここに置いてあった下皿のメダルと、会員カードが無いんですけど。」



「にいちゃん、あいつだよ。あの”若者”がメダルとカードをもっていったぞ。」と、藤吉が情報提供。

「監視カメラを確認してまいりますので。」と店員。


店員から事情を聞いた”若者”は”青年”の元へ飛んでくる。


「おい…!お前、どういうことだよ!!」


”若者”は”青年”の胸ぐらを掴んだ。

店内は騒然としており、ただならぬ状況に店長まで介入する始末。

”若者”は『出玉共有』だったと仕切りに説明しているが、”青年”は否定しつづけた。

LINEのやりとりを証拠とする”若者”だったが、”青年”の端末にトーク履歴は残っておらず、IDも変更済だ。

そもそも端末が変わっており、LINEの新規登録を行っている”青年”。

青年は、旧端末で急用が出来たと若者にLINE送信し、出玉と会員カードの回収を依頼していたのだ。


それでも”若者”の強い主張は、ふたりに関係性があるという事実を、店長に疑わせた。実際に監視カメラを確認すれば、繋がりを確認するのは容易なことだろう。店長が”若者”に下した決断。



「お客様…他のお客様への暴力行為と、出玉、会員カードの盗難により、今後一切、当店への出入りを禁止とさせて頂きます。」



”青年”は警察沙汰になることも覚悟していたが、決着はすんなりと着いた。

店長は”若者”が軍団のリーダー格であることに当然気づいており、常連客からの苦情もしばしば耳にしていた。

厳重注意のタイミングを虎視眈々とうかがっていたが、今回、それを飛び越えるチャンスが到来した為、出入り禁止へ踏み切った。

軍団リーダー格の出禁ともなれば、他軍団来店の抑止ともなるし、常連客の苦情も減少するだろう。なによりも、期待値のある台を乱獲されなくなる為、常連客への還元に繋がると言うわけだ。


そもそも”若者”と”青年”の間には、雇用契約書が交わされている訳ではない。”若者”はパチスロの腕は一流だったが、雇い主としては、あまりにずさんで、いつトラブルが起きてもおかしくない状況だった。




「あの…この作戦、別にわしはいらんかったじゃろ…?」




藤吉が手を貸した部分は、”若者”を陥れる後押しだけ。

事実、監視カメラの映像で”若者”の行動は明らかだったし、

LINEの証拠隠滅で”青年”と”若者”の関係を証明するものは無くなった。

店側が”若者”を軍団の長であり、プロと認識していたのであれば、

出入り禁止まで追い込むことは、ひとりでも容易だろう。


「あいつさ、俺もそうなんだけど、やり方が汚くてね。社会的弱者を食い物にするようなところがある。俺が今回、貯玉を奪うのは以前からの計画通りだったけど、じいさんも一矢報いたいかと思ってさ。作戦の可能性は少しでも上げておきたかったし、別に深い意味はないよ。あんたが金に困ってることも、あいつから聞いてるよ。パチスロで稼げるようになったら、ちゃんと返してくれよな。」


”青年”は藤吉に初めて笑顔を見せた。

藤吉は救われた気がした。

そして思った。



(金はわしにくれたんじゃなかったのか…)



ふと脳裏に雑念が過ぎったが、藤吉は”青年”に感謝する。

本当は手付金の段階で抱擁レベルで感激していたが…。

成功報酬の3万円を受け取った藤吉は安堵からか、金ではなく”青年”に興味が移る。


「あんたはこれからどうするんじゃ。」


「俺はひとりでやってくよ。だからこの店からあいつを追い出した。皮肉なもんだけど、あいつから色々教わったしな。俺も負け組の養分であいつに拾われたんだけど、勝ち組になるってことは本当に単純なことだった。誰でも稼げるよ。」


「わ…わしもでも?」


「ああ、勝てるよ。いや…勝てるじゃなくて、稼ぐが近いかな。」


「教えてくれんか…。」


「まあ…金も返してもらいたいしな。」


藤吉は『稼ぐ』という確固たる意志と共に『返さんぞ』という強い気持ちを胸に、翌朝8時、現在の店で”青年”と待ち合わせすることに。

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