第5話 挑戦は苦戦

「は?」


聞き慣れない威圧的な言葉に藤吉は尻ごんだ。


「あ…あの…。実はわたし、お金に困ってまして…その、いつも出しているようなので…コツなどありましたら教えて頂きたいな…と…」


ひとしきり動揺を見せた藤吉はヘラヘラと笑った。

若者は、藤吉の様子をゲラゲラと笑い散らかしたが、親身な表情を見せる。


「ああ、少しならいいよ」


若者は意外な反応を見せた。

藤吉は安堵した表情で、かぶっていたセ・リーグの帽子を取り、深々と頭を下げた。


「あのさ、あれ見て。あの北斗あんじゃん。みんな出たらすぐやめちゃうんだよね。だけど、250くらいまでは様子みた方がいいんだよ。まあ、当たらない時もあるから、”断末魔ゾーン”ってやつ抜けたら辞めて、次の台打つといいよ。」


「団地妻…ですか…?」


「ちげーよ。断末魔。だ、ん、ま、つ、ま!…まあ、打てばわかるよ。」


「はい!ありがとうございます!」


教えられた機種は『北斗の拳天昇』


若者はスマホよりLINEアプリを開き、慣れた手付きでグループLINEを送信。グループLINE名は『打ち子』


「お前ら良いカモ見つけた。天昇打ってるじじいに張り付いといて。」


北斗の拳天昇は、有利区間移行後の200G以内が最も辛いとされる機種。逆を言えば、そこを避ければ、期待値はぐんと跳ね上がる。



藤吉は騙された。



妻のみならず、藤吉まで騙された。

3台ほど打ち終えた藤吉は、”若者”の元へ戻る。


「あの…全然あたらないんですが…」

「そっかー。今日は設定入ってないのかもね。店側の電圧でも変わるしさ。でも、俺の言った通り断末魔はいったろ?アレ来たらチャンスだから。また、懲りずに明日打つといいよ。」

「そうですか…今日はありがとうございました。」


藤吉は珍しくその日、”若者”の言うとおり帰宅した。

藤吉は尚もプロとされる”若者”を信じていた。

もう、パチスロを楽しむという余裕はない。藁にもすがるという思いが、藤吉の自制心を強固なものとした。


しかし、騙されている。


彼は数日間、若者の言うとおり200G台の断末魔ゾーンを消化し続けたが、さすがに異変に気づくことになる。

まずは、やめた直後、他の客が競うように藤吉が打っていた台に座ること。

その面子が大抵同じ人間であること。

そして、なによりも収支が付いてこない。


教えを乞うため、再三若者の元へ話を聞きにいく中、藤吉は目撃してしまった。

いつも藤吉の台をハイエナする面子のひとりが、若者と話している姿を。

パチンコ店の騒音に掻き消され、会話の内容は聞き取れなかったが、大体察しはついた。

藤吉はこれ以上、天昇を打ち続けることは無かった。

若者を問い詰めることもしなかった。


休憩所に入った藤吉はまた泣きそうになった。

悲しさよりも悔しさ。

人が心を入れ替え、真剣に取り組む姿を食い物にして、何故、何故笑っていられるのかと。

その日、しばらく休憩所から動けなかった。


藤吉の落胆する様子を気にかけたのは、”若者”の指示で動いていた打ち子のひとりだった。



「じいさん、騙されたんだろ。少し力を貸してくれないか?俺もあいつが気に入らなくてさ。」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る