15◆勇者消失e

 心臓という人間にとっての最重要器官を損傷したことにより、体内の血液は流れることをやめ、生命活動に必用な酸素の供給がとまる。


 だが、それでも俺の生命活動は停止してなかった。

 何故なら、胸の傷は瞬時にして癒えたからだ。


「幻術か、いや確かに手応えはあった」

 胸の傷を塞いだ俺を見ると、兄貴は見当違いなことを口にする。


 だが、兄貴が勘違いするのも無理はない。

 俺が魔法を使うことはいままでなかった。


 そして、兄貴から受けた傷は、並の回復魔法で治せるようなものではない。


 このふたつの点から、兄貴は俺がなんらかの道具を使って、幻術を使用したのだろうと推測したのだ。


 しかし、俺が使ったのは回復魔法だ。

 幻術魔法でない証拠に、身体の穴は塞がっても寝間着に穴は空いたまま。


「なるほど、そういうことか。そういうことだったのか」


 俺は自らの身体に起きていた異変の理由に、ようやく思いあたる。


 動きのとまった俺に、再び兄貴が聖槍による一撃を加えようとする。だが俺はそれをなんなく右手で受け止めた。

 右手が痛みとともに、聖槍の一撃によって砕け散る。

 だが、先程の穴の空いた胸を治したときと同じよう、一瞬の集中で腕は元の形へと再生した。


 その再生はまるで超深界生物のそれを思わせるが、原理はまるでちがう。

 俺のこの回復は単純に回復魔法で治したにすぎない。ただ、その回復速度が並ではないのだ。

 手応えを得たハズの兄貴が、幻術を疑うのも無理はない。


「なるほど、これなら確かに死以外のいかなる状態からも復活できそうだ」

 だが、心臓を失ってなお、瞬時に再生できるのだから、いったいどういう状態が死だというのか。


「それはいったい……」


 魔法を使えないハズの俺が魔法を使ったことに兄貴は驚きを隠せない。


 幼いころに魔法への興味を示したことはあったが、日乃国の魔法技術は後進であったことと、己の適性のなさに兄弟ともども魔法技術の習得はあきらめたのだ。


 そんな俺が魔法を使えるわけがないのだ。

 にもかかわらず、俺はいま魔法を使った。

 まるで回復の達人である木香のように。


 いや、木香とてひとりでは、これほどの回復魔法を使うことはできなかったろう。

 いま俺が使った回復魔法の強度は土星の力を借りた木香のものだ。


 そして、俺は解を得た。


「兄貴は神威をどこで手に入れた?」

 相手の疑問には答えず質問し、その答えが返されないことを想定し、続きを自分で説明する。


「ひょっとして紅き魔神から奪ったものじゃないか?」

 答えはなかったが、その表情が厳しいものへと変わる。


 兄貴の顔色はめったに変わらぬものだと思っていたが、木香や水仙にくらべれば随分とわかりやすい。


「とある奴が言っていたんだ。紅き魔神ってのはもともと人間だったんじゃないかってな」

 蚕の話を思い出し口にする。


「魔物は世界を壊そうなんて考えない。わざわざ世界を壊そうなんて考えるのは人間の思考だってな」

 兄貴は険しい表情のまま無言を続ける。


「だが、そう考えると、こんどは別の疑問が生まれる。

 紅き魔神が人間だったとして、どうしてそいつの名が後世に伝わっていないのか。

 兄貴が仲間を集めなければ勝てなかったような奴がそれまで無名だった訳がない。にもかかわらず、そいつは紅き魔神とだけ呼ばれ突如世界に現れた」


「なにが言いたい?」

「俺の考えでは、そいつは人間だった時に二つ名といえるほどのものはなかったんだ。だから力を得てから、その二つ名をつけられた」


「…………」

「そして、どうやってそいつがその力を得たかといえば、その解が神威だ」

 漆黒の二叉の槍の名をあげる。


「兄貴はおそらく解っていなかったんだろう。紅き魔神がどうしていきなり現れたのか。

 だが、俺はそいつと同じ事をしてようやく理解した。神威の本質は生贄を与えて、目標を破壊することじゃない」


 俺は自らの考えをまとめながら、それを口にする。

 だが、兄貴は俺の解答をまたずに再び槍を振るった。


 だが、俺は眼前に水の膜を張ると、それを水流でそらす。

 傷を治すのは簡単だが、喉を潰されたらさすがに喋れなくなる。


「神威の本質は刺した相手を取り込むことだ。

 他人をまるまる取り込むという、キチガイじみた行動故に、腕のたつ回復者がいなければ、その時点で死ぬだろう」

 俺は運がよかったのか、それとも悪かったのか。


 兄貴は槍による攻撃が効かないとみると、マントから大槌をとりだす。大きくふりかぶると、極大の雷を放つ。


 なるほど、水は電気を通す。

 それにいかに肉体が回復できようとも、強力な電流を身体に流せば神経の伝達は阻害され、魔法を扱うこともできない。


 だが、俺は水壁を消し、魔法で金属線を生みだすと、それを避雷針として電撃の軌道を身体から逸らす。


 あらかじめ通り道をつくってやれば、電気は絶縁体である空気ではなく、抵抗の低い金属へと流れていく。


「無駄だ兄貴、いまの俺に勝てるヤツなんかもういない」

 そう告げる。


「俺には、他の六人の勇者の力が宿って居る」


 月兎子を失ってから、格段に向上した気配の察知能力。

 金華を失ってから、俺に宿った鋼の精神。

 土星を失ったあとも、勇者たちが高火力を維持していた理由。

 それらを思い返すと、水仙の思考力が俺の身体に起きた異変を解明した。


 さきほど、木香の回復魔法が使えることも確認している。

 今の俺はあのとき集まった勇者の力全てを持っているのだ。これはもう負ける要素はない。


「おまえはいったい……」

「さあな」

 俺は自らの月影魔術で影を操作し、兄貴の身体を束縛する。

 そこに力をこめると頑強な聖銀の鎧にヒビが入る。


「兄貴には悪いが退位してもらう」

「革命でも起こそうというのか?」


「そうだな、そういうことになるかな」

 ずさんな計画を脳内で整えながら応える。


「そんなことはさせん!」

 兄貴は拘束されたまま、一度ふところに戻した宝珠を取り出すと、四匹の聖獣を呼び出した。

 四方を囲う巨獣たちに、俺は極炎の魔法を使い葬りさる。


「当然、火音の極炎魔法も使えるわけだ」

 猛烈な威力を有する禁呪をもってすれば、属性の相性など問題にならない。


 あまりの一方的な展開に日神が茫然とする。


「そのまえに日神、おまえはこのたびの事件の主犯のひとりとして罰を受けてもらう」

 俺は兄貴であった人にそう告げる。


 そして、両手の平を一度合わせ、広げるとその間に漆黒の槍神威を呼び出す。 

 マントがなくとも、月影魔法が使える今ならば、そこに直接アクセスし、マント以外の場所から虚数空間に保管した武器を呼び出すことができる。


 他の武器ではなく神威を選んだのは、その波長がたの武器よりも把握しやすかったからだ。

 そして、俺は神威を掴むと、黒色の穂先を兄貴の身体を突き刺した。

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