15◆勇者消失c

「これは……」

 出口のない真っ暗な異空間。

 外から差し込む光はなく、にもかかわらず、そこに何があるか見通せる。

 際限の無い上空は井戸の底にでも落とされたようだ。


 だが、ここはそんな生易しいところではない。

 これは規模こそ小さいが、超深界生物が生み出した異空間と同質なものだ。

 情報の糸が交わるとその理由に思い至る。


「そうだったな、もともとマントを虚数空間に繋げる術は、日乃国が月影魔法の聖地である月乃国と共同開発で生みだしたものだ。

 異界へのアプローチ方法はコレを発展させた術式だったのか」

 あんまり身近にありすぎて、思いつきもしなかった。


「目利きだけは高まったか」

 兄貴は認めるように言うと、肩から吊したマントに触れる。

 するとその巨躯が光を帯び、重厚な白銀の鎧に包まれた。


 ただでさえ強力な圧迫感が、戦闘用装備を調えたことで増す。

 そして、次はお得意の聖槍を引き出すのだろうと予測したが、それは外れた。


 ゴツゴツとした手には赤・青・緑・白と四色の宝珠が掴まれていた。

 宝珠は目にしただけで、並の魔法道具でないことがわかる。

 まるで、恐ろしい怪物の卵でも見ているかのような緊張感だ。


 兄貴はそれを握りしめ『四聖獣召喚』と命令語であろう言葉を唱える。

 すると、その背後に兄貴の三倍以上はあろう、巨大な四つの獣が現れた。


 燃えさかる炎で身体を作り上げた赤色の鳥。

 長大な身体を輝く鱗で覆った青色の龍。

 しなやかな筋肉を濃紺ある縞模様の毛皮で包んだ白色の虎。

 ひときわ大きく、重厚な甲羅を背負った渋い緑色の巨大亀。


 いっぴきいっぴきが深界生物にも勝とも劣らない気を発している強力な獣たち。

 兄貴は魔法を使わず、ただ道具の力だけでこれほどの従者を従えられるというのか。


「なんだよ、前の戦いは本気じゃなかったっていうのか?」

「いいや、あれはあれで本気だ。ただし対人用のな」

 俺の軽口に兄貴は真面目な口調で答える。


「それに宝珠が完成したのは深界生物との決戦がはじまってからだ。届けられたのも戦いの最中だったしな。だが、こいつらの力がなければ、残った深界生物の駆逐は敵わなかったやもしれん」


 俺は今回の勝利の一端を担ったという四匹の聖獣の姿をみる。

 どれもが、水乙女や火蜥蜴のように、生物的な肉体はもっておらず、霊体に類した半透明な身体をもっている。


 日乃国にはこれまでなかった術だが、他国との技術交流により産み出した新兵器といったところだろう。

 おそらく、生半可な魔法や魔法の武具では傷ひとつつけることはできないだろう。徒手であればなおさら勝ち目はない。


「つまり、そいつらは俺たちが神威を使ってなんとか倒した深界生物より、そいつらは強いって言いたいのか?」

 兄貴はハッタリを言わない。だとすれば、後ろに控える聖獣には深界生物と戦えるだけの力を有しているのだろう。


「どうとろうとおまえの自由だ。だが、これでも考えは変わらんか、日輪」

「力の差を恐れるくらいなら、はじめから深界生物になんて挑めなかったさ」


 もっとも、マントを身に付けていない俺は武器を呼び出すことはできない。

 丸腰で四聖獣と兄貴を同時に相手しなければならないのは絶望的状況といえる。


 というか、フル装備の兄貴を前に寝間着姿というのは、ずいぶんと間が抜けているな。

 ふと、窮地にそんな場違いなことを考えている自分に苦笑する。


「なにが可笑しい」

「いいや、なんでも」


「もういちど聞く、考えはかわらんか」

「くどい」

 兄貴の勧誘を断るのに、なんの躊躇いもなかった。


 いまにも自らに死刑判決がくだされようとしているにも関わらず、不思議と俺には恐れも緊張もない。


――このふてぶてしさは誰かを思いださせるな。


「そうか、ではおまえを拘束したのちに、記憶削除の術を行う。

 いまだ不完全な術だが、失敗したときは深界生物たちとの死闘で気が触れたこととする。だが安心しろ、それでもおまえから勇者の称号は外させん」

称号それに未練はないよ」

 軽く口にするが、その想いに嘘はない。

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