15◆勇者消失b
予め示し合わせていたのだろう、兄貴が病室に姿を現すと木茂は一礼して席を外す。
「まずはよくぞ無事で帰ってきた。そう言っておこうか」
兄貴はそう告げると木茂の座っていた椅子に腰かける。
椅子は先ほどの少女の何倍もありそうな巨漢に座られ、ギシギシと抗議の悲鳴をあげながらもその役目を果たす。
それに合わせ、俺も自分の寝ていたベッドに腰を下ろした。
「ギリギリだったようだな。発見されたとき、おまえの身体は崩れた瓦礫に隙間に入り込んでいた。
ちょうど神威が支えとなり瓦礫を支えていたんだ。運が良かったな。
戦場で気を失っていながら、崩れ落ちた天井の下敷きにも、深界生物の餌にもならなかったのだから」
「そうか」
勇者の命を奪い続けた呪いの槍が、最後に俺の命を救うとは皮肉な話だ。
「それで、他の六人はどうなった?」
「…………」
兄貴の問いに俺の口はなんの答えも発しなかった。
「本作戦、唯一の生き残りとして報告しろ」
「…………」
「死体が出なかったのは深界生物に食われたのか?」
「…………」
「それとも……神威を使ったのか?」
「なぁ兄貴は神威でなければ、深界生物を倒せないことを予想していたのか?」
兄貴からの問いには答えないまま、俺は自らの質問を重ねた。
「……可能性のひとつとしてはな。だが、おまえ以外に生還者がいないとは、流石に考えてはいなかった」
まっすぐ見つめ返す兄貴の瞳に濁りはない。
「苦労をかけたな。あとのことは俺に任せて、おまえはゆっくりと疲れを取れ」
兄貴は椅子から立ち上がると、木茂が開けたままにした窓から外を覗いた。
だが、俺はそのねぎらいの言葉を俺は受けることはできなかった。
「兄貴は
窓越しに澄んだ空を見上げる兄貴の背に、俺はその名を問いかけた。
「いや、覚えのない名だな」
兄貴は窓の向こうを観たまま答える。
声に濁りはない、だがほんのわずかに変化した音を、俺の耳は聞き逃さなかった。
おそらく名を知らぬというのは本当だろう。
だが、天乃国の魔道学者には心あたりがあるといたところか。
「その蚕ってヤツから、天乃国が異界門の設置にあたった経緯を聞いたよ」
「そうか」
返事は否定でも肯定でもなく、ただ確認の言葉だけだった。
それは日乃国が、今回の件に深く関わっていたことに同意するものなのだろうか。
「そうかって、それだけで兄貴はなんとも思わないのか?」
俺は怒りもなく、それを淡々とたずねる。
「思っていないわけではない。だが、後悔したところで起きたことは消えるわけではない。
王として最大限の努力をするだけだ」
「だんまりを決めつけるのか」
「……言ったところでどうなる。今回の作戦でどの国も疲弊している。
それでも日乃国に落ち度があると知れれば、火乃国は大手をふって戦をしかけてくるだろう。
あの国も疲弊はしているが、王である火狼は自国の被害を気にとめない」
「だからって……」
「あの老人は平然と一億の民を犠牲にして、こちらの一億の民を皆殺しにかかるぞ!」
兄貴は俺の言葉をさえぎり声を荒げる。
「そんな危険を冒してまで、おまえは真実をみなに伝えるのか?」
荒げた声を平静にもどし、もういちど俺にたずねた。
「国民のことは俺も大事だよ。火狼もたしかに脅威だ。
でもよ兄貴、だからって他国の人間に不義理をするのはいただけない」
国を統べる王に善良になれというのは無理なことだろう。
だが、それでも言わずにはいられない。
例え正しさだけで政治が回らないとしても、その志だけは弟として、いや、一国民として無くして欲しくはなかった。
「神威の件をバラせば、火狼はそれを理由に間違いなく動くぞ。せっかく得た平和を日輪、おまえは壊すつもりか?」
「それは俺がなんとかする」
違和感の抜けない手を握りしめそう伝える。
「うぬぼれるな。あの老人に勝てる人間などいない。
あの老人の強さは人外の精神にある。例え十億の民のすべてを使いきっても自分が生き残ればよいと本気で考えているんだぞ。そんな化物が治める国と、まともに戦争などできるか。それでもおまえは真実を他国に公開しようというのか?」
「ああ」
「考え直せ」
「俺にはもう、引き返す道はない。みんなと約束したんだ」
あるいはそれは裏切りの償いかもしれない。
火狼を倒さねば平和への道が開かれないというのであれば、俺の手でヤツを倒そう。
たとえいかなる手段を使ってでも。
「おまえには失望したよ。神威を使ったことで一皮むけたかと思えば、まだそんな甘いことを口にするとは」
兄貴がマントの内から四枚の札を取り出すと、手早く印を組む。
そして、四方に札を投げつけると、次の瞬間には、なんどとなく勇者たちを隔絶空間へと連れ去った闇色の
すると俺と兄貴は床と壁しかない、まっくらな異空間へと引きずり込まれた。
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