15◆勇者消失a
15◆勇者消失
目を開けると、そこは血なまぐさい戦場でも、鬼の待ち構える地獄でもなかった。
見慣れた日乃国のベッドに寝かされている。
病室なのだろう、清潔な部屋に生活用品と思われる家具はほとんどない。
窓からは太陽の光が差し込んでいる。
ぼうっとそれをながめ、自らがあの無残な死地から生還したという事実に思い至る。
「結局、俺は生き延びたのか」
仲間の血で汚れた手の平は綺麗に洗われていた。
それを言葉もなくギュッと握り、力を込める。
「あっ、日輪さん目が覚めましたか?」
聞き覚えのあるような声に目を向けると、桃色の看護着を着た純朴そうな少女がすぐ側の椅子に座り俺を見下ろしていた。
おそらく連日看病をしてくれていたのだろう。
座ったままウトウトとしていた少女からは疲れが感じとれる。
だが、俺が起きたことを確認すると、その疲労はパッと消え、喜びの感情だけが溢れだしていた。
歳の頃は十二、三といったところか。
身体付きは少女らしくまだ細いが、将来美女になるだろう片鱗を感じさせる。
後頭部には邪魔にならぬようまとめられた金髪が陽光を受け、まぶしいほどに輝いていた。
「君は…木乃国の人?」
「はい、
微笑みがぎこちなくも初々しい。
「そうか……俺は……」
自分の名を言いかけてやめる。
さっき、この子は俺の名を呼んでいたではないか。
「それより、お身体は大丈夫ですか?」
「ああ、そうだな。痛むとこはないよ。随分と腕のよい回復者に担当してもらったみたいだな」
それを証明するように、傷一つ残ってない身体を動かしてみせる。
それを見た少女は歳相応の健やかな笑みを浮かべた。
だが、懸念がないわけではなかった。
たしかに、身体に痛むところはなかったが、動かす感覚に違和感が存在する。
考えてみればあれほど神威を使い続けたのだ。
いくら治癒魔法をかけようと、身体に障害が残るのも無理はない。
生き残った代償と考えれば安いくらいだが、以前の動きをとりもどせるかはまだわからない。
「そんな、私なんてまだまだですよ。私の未熟な術でもモリモリ回復した日輪さんの体力がすごかったんです。さすがは勇者様ですね」
そこに謙遜やおだてはなく本当にそう思っているようだ。
「それにうちのお姉ちゃんはもっともっとすごいんです。
国で一番の……いいえ、サラウエー大陸で一案の回復者なんですから。お姉ちゃんの手にかかれば死んだ人だって起きあがっちゃうってみんな言ってますよ」
死者すら酷使する姉の悪名の由来を知らないのだろう。
妹は屈託のない笑顔を浮かべて教えてくれる。
だが、その顔つきが一瞬神妙なものとなる。
「あの、それで日輪さん……起きたばかりで申し訳ないんですが、ひとつおたずねしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」
その様子から、俺は彼女の要求を察する。
異界門破壊作戦に参加した七人の勇者は、俺を除き死体すら残っていない。
俺が神威で分解したのだ、いくら探そうとも出てくるハズはない。
だから、彼女は死体がみつからなかったことに望みをつないだのだろう。
そして、生きているならば、作戦の参加者である俺がなにか知っているのではないかと彼女は希望を残したのだ。
「姉のことなんですけど……」
「木香なら死んだよ。死体も残っていない」
そして、少女が必死に喉から絞りだそうとする質問を言い終えるより先に、俺は残酷な解をつきつけた。
俺の言葉に、少女は一瞬ショックを受けたような顔になる。
ここで嘘を吐くのは簡単だったが、彼女の姉が二度と帰らぬという事実は変わることはない。
少女はそのまま泣きだすかもしれないと思ったが、ギュッと歯を食いしばってこらえ「そうですか」と、明るい表情でなんでもないフリをした。
「そうですか、辛いこと言わせちゃってすみませんでした」
姉想いの妹はそう謝罪するが、俺の心は痛んではいなかった。
あるいは俺の精神はすでに死んでいるのかもしれない。
「それで、世界の状況は? 俺はどのくらい寝ていた?」
窓からのぞける空の色と、あたりの空気に緊迫した様子はない。
そのことを感じながら木茂に問う。
彼女の話では、俺たち勇者が異界門を破壊したことで、大陸を覆っていた黒霧は晴れたという。
そして、残った深界生物は、水仙が予想したとおり強い日差しの下ではその動きが鈍り、無事その全てが退治されたという。
赤らめた鼻を隠しきれぬまま、金髪の看護士はそのことを教えてくれた。
「木茂、もうひとついいかな?」
身体を起こし、まっすぐと木茂の瞳をみつめ問いかける。
「なんです?」
「あの作戦に参加した兵士、どのくらいが生きて帰れた?」
すると木茂は答えず、なにも聞こえなかったかのような素振りで立ち上がると窓の方へと移動した。
そして、両開きの窓を押して、外の風を室内へと招き入れる。
「見てください日輪さん、太陽があんなに高くに。
すっごい久しぶりですよね。こんな良い天気。
もうとっくに春になってたてこと、ずっと忘れてました」
嘘をつくことに未熟な少女は、あからさまに話題を避けた。
おそらく、俺が想像しているよりも、ずっと生き残りは少ないのだろう。
この病棟から他の人間の気配が感じられないのもそのせいなのかもしれない。
それにしても、人には答えさせておきながら、自分は答えないとはしたたかなものだ。
木茂は姉とはちがうタイプの、優秀な回復者になるだろう。
ベッドから立ち上がると、彼女の隣に立ち、一緒に初夏を迎えようとしている空を見上げる。
だが、あの勇者同士が殺し合う悪夢のような作戦を生き延びた俺には、その空の色を素直に賞賛する言葉は出てこなかった。
ただただ、久々に見上げた空の蒼が目に染みるだけだ。
「なぁ木茂、この世界は美しいか?」
見上げる目を細めたずねる。
「どうしたんです? こんなにも綺麗じゃないですか」
少女はあたりまえのように笑い、そしてたずね返した。
微笑ましい少女の姿を眺めると、ちょうど壁の向こうから響く足音が聞こえる。ドアノブが音を立て扉が開く。
そこには二メルトル近い巨体を礼服に収めた日乃国の王――日神の姿があった。
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