14◆勝者b

「それにしても、おかしかったですね火音の様子」

 木香はなにかを避けるように話題を変える。


「気づかれないように、彼女の携帯食に頭が幸せになれるお薬を盛りましたが、あんなにも乙女チックになるとは思いませんでした。

 彼女、あの手のお薬に慣れてそうでしたけど、全然そんなことありませんでした。むしろ効き過ぎてビックリしちゃっいましたよ。

 きっと神威というストレスで追い込まれたところに、薬でタガが外れちゃったんでしょう。

 お祖母ちゃんになってからも、あの口調を続けられたときはホントに大変でした。こっちは無口な土星のフリを続けてなきゃいけないのに。あやうく笑い死にさせられるところでした」

 心底おかしそうだ。


「それにしても日輪さん、あなたの判断はとてもよかったですよ。

 わたくしのことはともかく、火音を殺したことですべての国が救われるでしょう。圧政に苦しむ火乃国も含めて」


「俺の判断は本当に正しかったのか?」

 彼女の姿をみると、もうなにも信じられなくなる。


「火音の裏切りを連合に伝え、彼女を派遣した火乃国を追い詰める武器にできるわ。

 この戦いで、あからさまに出し渋りをしたあの国への不満は大きいから、味方をするところなんてないでしょうね。

 いくら国土が広いからって周囲の国、全部を相手にしては耐えられないわ。ようするに世界を平和にするチャンスです」


「木香、なにを言っている?」

「勿論、今後のことですよ」


「この作戦を通して、俺たちは手をとりあい平和な世界をつくるんだろう」

「そのために諸悪の根元、あの醜い老人の支配から解き放ってあげるんです」


「まだ、俺たちは戦いを終わりにはできないのか」

 むしろ、これが切っ掛けに新たな戦がはじまるみたいじゃないか。


「わたくしたちは、今回の件で大きな……いえ、多くのものを失いました。その損失は埋めなければなりません」

 決意を固めるように言う。


「安心してください。すぐに火乃国を妥当し、終わらせますから。あなたはもう休んでていていいです」

 俺は彼女の考えを受け入れることはできなかった。

 だが、それを上手く言葉にまとめることもまたできずにいる。



 不意に、俺の頭に警戒音が鳴り響いた。

 崩れていた異空間が、時が逆回しになったかのように復元をはじめる。


「いったいなにが?」

 木香も異変に気づき辺りを見回す。

 すると黒い靄が部屋に集まっていくのをみた。


「まさか、これは……?」

 俺の懸念通り、霧はもういちど、逆吊りの異貌を構成した。


「うそ、なんで」

 再臨された異貌の王に木香の顔色が変わる。


「完全には滅ぼせてなかったのか」

「そんなっ、神威は他次元攻撃だから超深界生物にも有効だって!」


「最後の一匹だけ神威の一撃に耐えるほど強かったのか、それとも年老いた火音の力では不十分だったのか……」


 だが、完全に効いていないわけではない。

 最初に現れたときよりもずっと小さく、その脈動は弱々しい。


「でも、わたくしたちじゃ、神威以外でアレを討つことは……」

「別に神威の他の手段なんて探す必要はない。勇者はあとひとり残ってるだろ」


「うそっ」

 俺の言葉に木香は脅え、後ろにさがる。

 だが、そこに転がっていた火音の大槍に足をとられると、ぶざまに転んだ。


「やめて、待って、こんなのありえないわ。

 このわたくしが生贄にされて死ぬなんて、絶対まったく、本当にありえないから!」

 わめき散らす木香に神威を突き刺す。


「他の連中もそう思っていたよ」

 そのことを告げると、木香の身体は分解を始めた。



 土星の記憶とは対象的に木蓮の記憶には、多くの人間の姿が映っていた。


 多くの者が彼女に救いを求め、彼女はそれに応えていた。

 民を救うために、死にかけた兵をさらなる地獄へとたたき落とす。

 そのことに良心の呵責はあったが、より多くの者を救うためにそれを実行し続けた。

 聖女の仮面の奥に涙を封じながら。


 その結果、木香は民の前では理想の聖女でありながらも、民の目が離れ、裏に回ると悪女になるという二面性をもってしまった。

 悪女になることで、人々の理想を演じつづけるというストレスの均衡を保っていたのだろう。


 木香の記憶のなかには土星の姿もあった。

 土星の姿は、俺たちがみていたものよりも、いっそう美しいものだった。

 普段はローブの内側に隠しながらも、その美貌は木香にもひけをとらぬものを持っていた。


 最後のとき、木香は土星をまるで道具であるかのようにいったが、それは偽りだった。

 その証拠に、土星の描いた絵画を褒める姿は、好成績をとった子を褒める母親のものであったのだから……。



 俺は最後の力を振り絞り、赤化した神威を握りしめる。

 そして、復活しかけた深界生物へそれを投げつけた。

 すると、最後の超深海生物は今度こそその姿を消したのだった。


 異空間も先程よりも顕著に崩れていく。

 内からそれを支えていただろう異空間が崩れたことにより、大広間の壁も一緒に崩れはじめる。


「これまでだな」

 神威の反動で動けない俺は、たったひとりでその様子をながめていた。

 もう俺を助けてくれる仲間は誰ひとりとして残ってはいない。

 いま、外へ逃げたところで、残った深界生物どもに食われるだけだ。

 だったら、もうここで眠ってしまおう。


「もう、夢もみたくない……」

 頭上に迫る天井を見上げながら、俺は自らの瞳を閉じた。

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