14◆勝者a
14◆勝者
神威の余波で空間が振動し、多面の壁が一枚また一枚と崩れはじめる。
崩れた向こうから大広間の壁であろう通常空間が現れる。
俺は力の入らぬ身体を床に倒したまま、その様子を眺めていた。
「火音、すまなかった。でも俺ももう逝く……、
月兎子、水仙、木香、金華……」
光の消えかけた俺の目に、フード付きのローブを頭から被った少女が写る。
少女はその場に膝をつくと、地面に転がった俺の身体を抱え起こした。
「すまない土星」
結局、俺たちは誰も生き残れない。
生贄を免れても、火音につけられた呪傷を治すことはできないのだから。
木香や金華が俺にしてくれたように、俺も土星に生きる希望を与えてやるべきだった。
そうすれば、彼女にわずかながらに希望を残せただろうに。
だが、死が決まったと思いこんだ俺は必要ないことだと彼女をあきらめたのだ。
もし、俺が彼女に希望を与えていれば、火音の行動に抵抗し、彼女ひとりくらいは生き残れたかもしれないのに。
薄れいく意識のなか、土星が俺に顔を近づけるのを感じた。
乾いた唇に、柔らかな感触を受けると、なにかが流れ込んでくる。
「…………?」
「おめでとう、そしてありがとう世界を救ってくれて」
薄れかけていた意識に光が戻ると、そこに眼鏡のない碧眼の少女をみる。
「これは……? まだ
だったらは俺じゃなくて、土星は自分の傷を治すべきだ。
いや、まてこの回復は霊薬よりもずっと効果が高くて……まさか。
「木香」
死んだハズの回復者の名を呼ぶ。
「なんでしょう?」
フードを外すと、そこから桜色の肌をもつ少女の顔が現れた。
ウェイブのかかった金髪の髪は木香で間違いない。
「馬鹿などうしてキミが!?」
「土星がね、わたくしを守ってくれたんです」
緑色のローブを脱ぎ捨て告げる。
そこには地味な魔道士用の戦闘服が顕わになる。
「金華が死んだときのドサクサにね、こっそり入れ替わったんです。
金華がいなくなれば止める者がいなくなって、バトルロイヤルになるのは当然の流れでしたし。そうなれば火音が私を狙うのはわかりきっていました。
さすがに水仙よりも先に狙われたのは予想外でしたけれど」
彼女の手首をみるが、呪いの傷はどこにも見あたらない。
「わたくしは弱いですが、それでも土星と二人がかりなら火音を倒せます。
力比べじゃなく、生き残った面子で多数決をとったとしても、土星と結託している私が有利です。
だから彼女が私を警戒するのも当然でしょう。
それに何故か、あの人は以前からわたくしのことを目の仇にしていましたから」
木香は、なぜに自分が火音から執拗に狙われていたか、その理由を知らない。
「彼女は日輪さんがわたくしに加勢することも恐れてもいました。
実際、助けてくれるとうれしいなって思ってましたけど。
でも、媚薬なんて露骨なものは使ってないのに、とんだ言いがかりです」
名誉毀損だと言わんばかりだ。
「つまり火音にとっての本命の敵はわたくしだったわけです。
彼女は一対一で戦えば大賢者水仙も倒せると思っていたんでしょうけど、それはさすがに自惚れがすぎたみたいですね。
かくいうわたくしも、いくら四神とはいえ、水仙があそこまで強いとは思ってませんでしたけど」
「土星は君のために犠牲になったのか?」
「そうです」
木香は曇りのない笑顔で答える。
そこに後悔の色は微塵にもみえない。
「彼女も私の身代わりになって死ねたんだから本望ですよ」
「彼女は本当に君のことが好きだったんだぞ。ほんとうに、君だけを見ていたんだ」
土星の死に際に見えた彼女の記憶の一端を告げる。
「ええ、よく知ってます。だって、わたくしがそうしたんですから」
崩れ続ける異空間の中央で、木香は自らが劇の主役のように続ける。
「土星はね、幼い頃から竜脈の力を扱えたんです。
でも、彼女はその力を上手く制御できませんでした。いろいろ問題を起こして、最後には自分の両親までも殺してしまったんです……」
土星が決して、攻撃魔法を使おうとしないのはそのあたりが原因なのか。
「事故だからと、彼女を責める人はいませんでした。
でも、誰からも責められなかったことは、逆に彼女は自分で自分を責めてしまった。何度も自傷行為を繰り返してね」
傷は残っていないのに、それでもローブで身体を隠そうとすることを木香は不思議だと付け加える。
「でも、自傷行為を繰り替えさるだけでは、生かしておいても意味がないわ。彼女には竜脈使いという素晴らしい才能もあったのに。
だから彼女の記憶を消したんです。当時の技術では両親のことだけを忘れさせることはできなかったから、全部まっさらにね。
そして、生まれたばかりの赤ん坊のようになってしまった彼女を、私が母親代わりに再教育したんですよ。まぁ、彼女も可愛い顔をしてたし、懐かれて悪い気はしなかったですけど」
木香だけを愛し、彼女を心棒する芸術家の土星には、俺たちを欺く偽りの仮面を作るのは難しくはなかったろう。
俺たちは入れ替わった彼女に不自然さを感じながらも、追い詰められた状況のせいだと気にとめなかった。
――
この死者に歩みを続けさせる、死人使いは善意で人を治していたのではないのだと知る。
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