13◆変質e

 そこは単純な柱状の部屋とは造りが異なっていた。


 三角に仕切られた壁が、数メルトルの高さ毎に回転し、複雑な形を作りあげている。

 部屋の中央に黒霧が集まると、そこにはコレまでの巨大深界生物よりも、一層巨大なものが現れた。


 それは、張りつけにされ、逆さに吊られた人間に似ていた。

 これまでの深界生物と同じように目はない。

 死人色の身体を見ていると、例えようのない嫌悪感が押し寄せてくる。


「さぁ、ダーリン、あいつで最後だ」

 悲劇の終幕を目前に火音が楽しげな声をあげる。

 だが、俺は追いついたばかりの彼女を見て絶句する。


 大量の魔力を消費した反動だろう、彼女の髪は真っ白のボサボサになっている。

 顔にも深い皺がきざまれ、まるで老女のような風貌だ。


「どうした?」

「いや、なんでもない」

 あまりの変貌を本人に告げられない。


「さぁ、あいつが動き出すまえに」

 そう言って、手首を血で濡らし、なすがままの土星を俺の前へと押し出す。

 俺は決意を固めると、異空間から神威を取り出した。


「最後にいいか、火音」

「なに、ダーリン?」


「ここまで一緒に来てくれてありがとう。

 おまえの力がなければ、俺はここまでこなかった。

 金華や水仙の力、ほかのみんながいてからこそのことだが、やっぱり火音が頑張ってくれた事が一番大きかったと思う」


 それは紛れもない本心だった。

 彼女が生存本能に従い必死に行動していなければ、俺たちの意志はどこかで折れ、その足を途中で止めていただろう。


 彼女の存在は、他の者たちと対立を産みこそしたが、その対立があったからこそ俺は異界門ここまで到達できたのだ。


「にゃはははっ、なんだよいきなり。火音ちゃん照れちゃうじゃないですか」

 火音は赤らんだ顔を手で覆うと照れ臭そうにする。


 そして、俺はそんな火音の腹部に神威の黒い矛先を突き刺した。


「ほわ?」

 火音はなにが起きたのかわからず、茫然と自らの腹にささった神威をみつめる。


「おまえのことは心底尊敬してる。その力も執念もだ。

 だが、独善的なおまえを生き残らせ、権力を与えるのはあまりにも危険だ」

 神威に呑み込まれる水仙の口にした最後の言葉。「平和を頼む」とは、深界生物を倒す事ではない。

 やつらを駆逐した後に、火乃国と火音を暴走させるなという意味だ。


 火音が生き残れば、例え彼女自身を改心させたとしても、野望を持つ火狼は必ずその功績を利用して世界制覇に動き出す。

 いかに理由があろうと、火音を生かして帰らせるわけにはいかないのだ。

 だから俺は、初めて自らの意志で神威の生贄を選んだ。



 痩せこけ、神威に腹部をさされた火音が分解されていく。

 それとともに、赤毛の少女の記憶が俺へと流れ込んでくる。



 火音には妹がひとりいた。


 ガサツな姉とちがい気配りのできるよくできると自慢の妹だった。

 身体が弱かったものの踊りが得意で、まわりにいる者たちを楽しませていた。


 だが彼女は、病で目を患ってしまう。

 姉はそんな妹の目を治すために、高い薬を買おうとする。

 だが、どこで働こうとも高い薬を購入できるほどの給金はでない。

 そこで男勝りな彼女は、槍を手にとり戦場へと出たのだ。


 大金を稼ぐため、陰惨な戦場を幾度となく駆け抜ける。

 傷だらけとなり、彼女自身が命を失いそうになったこともあった。

 仲間に騙され屈辱にまみれることもあった。


 だが、皮肉にもその屈辱は、嘘という名の技術を少女に習得させることとなった。


 戦場と兵のありかたを知った少女は、後ろ暗い方法で戦功を重ねていく。


 そんな火音の功績がひとりの将軍が目にとめた。

 火音は将軍の後ろ盾を得て、部隊長へと昇格すると、目当ての金を手にいれることができた。


 だが、妹の目は治せなかった。

 大枚をはたいて購入した薬は効果がなく、火乃国ではそれ以上の治療ができずにいたのだ。


 昇格とともに、より多くの戦場を巡るようになっていた火音は、そこである噂を耳にする。

 木乃国の姫は回復魔法のエキスパートであると。


 情報を得た火音は、自らの立場を利用し作戦を立て、木香を捕獲しようと躍起になる。

 だが木乃国の抵抗は厳しく、結局その侵攻事態が失敗に終わることとなった。


 そして、彼女が長い戦から帰ると、妹はただの感冒かぜで死んだことを知らされる。

 火音は人生の大半を尽くして、幸せにしようとした妹が、自らのあずかり知らぬところで、くだらぬ死に方をしていたことに茫然となった。


 それは、火音の心に致命的な傷を負わせる。

 火音は自らの精神の破壊を免れるため、これまで覚えた嘘という名の技術を自らに使う。

 自分が命がけで頑張ってきたのは、妹の為でなく自分のためであると。

 だから、これまでのことは決して無駄ではないのだと。


 そして、火音は妹を失ってからも苛烈な戦いを続けた。


 自らがこれまで失ってきたものを埋め合わすほどの幸せを得るために。

 やがて偶然・・空いた将軍の席に、これまでの戦功を盾にすべりこんだのだった。



 火音を受け入れた俺は、血の色に染まった邪槍を握りなおす。


 そして、それを投げつけると、人類に滅亡をつきつけた異貌の主は、その姿を消滅させた。

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