13◆変質d
「やっぱり駄目だったかー」
飛び散った蚕の血と肉片をあびながらも、火音はあっさりと口にする。
「やっぱりって」
「まぁ、実験に失敗はつきものだし仕方がないさ。
あいつも無罪ってわけじゃないし。それに生きててもらっても困るしな」
「どういうことだ?」
「だって、あいつが今回の件に日乃国が関わっているってことを漏らせば、困ることになるだろ? そしたら、ダーリンの立場だって怪しくなるじゃん。
だから、最初からあいつを生かして帰す気はなかったんだ」
返り血で汚れた顔をゴシゴシとこすりながら続ける。
「あいつを生かして帰そうとした水仙とは逆の理由だな。
あの女は真実なんて自己満足のために、一生懸命頑張ってくれてるダーリンの足をひっぱる気だったんだぞ。これだから成長不良のお子様は考えなしで困る」
すべてが俺のためだと信じて口にする火音に俺はなにも言い返せなくなる。
だが、問題は解決していない。中庭にはいまだ深界生物が居座ったままだ。
「仕方ないな、あれは火音ちゃんが頑張って片付けるよ」
火音はナイフを手にしたかと思うと、自分の身体のあちこちを傷つけはじめた。
「おい、火音。いったいなにを……」
突然の自傷行為に、火音の身体は赤くそまる。
「いいからいいから、ダーリンはそのお人形さんを連れて、走る準備をしておいてね。
火音ちゃんもすぐに追っかけていくから。あっ、でも浮気は絶対ゆるさないんだからね」
そう言って軽量な土星の身体を押しのけて近寄る。
「でも、そのまえに、っと」
俺の胸元に火音は額を押し当てる。
「なにを…してるんだ?」
「ダーリンパワーを補充してるの」
……いったいそれはなんなんだ。
「こうしてると、すっごい力を感じる。
やっぱり愛は勇者を救うよね」
訳がわからない。
「ほら、ダーリンもギュとして。早く」
戸惑う俺を火音が急かす。
「もっと強く」
彼女を抱きしめる腕に力を込める。
「もっともっともっともっと!」
急かされるままに抱き合うことになる。
「補充完了、うん、パワーもりもり♪」
鉄球のような力こぶを作ってみせる。
「じゃ、いってくるよ。まっててね」
火音は中庭に向かい、一歩踏み出すと愛槍を真ん中からふたつに分けた。
そしてそれを左右に一本ずつ持って構える。
「ケイフレーム・ダララ・ゴーズォド……我が右手に天の力……」
呪文の詠唱に合わせて右手に握った槍が淡い光を放つ。
「ケイフレーム・ダララ・デーヴィル……我が左手に悪魔の力……」
続いて左手に握られた槍の周囲に黒い靄のようなものが発生する。
そこに集められた魔力は、これまで火音が使用してきた高火力魔法を遙かに凌駕している。
まさか土星の援助もなしで、これほどの魔力を扱えるものなのか。
無言でたたずむ土星の様子を確認するが、彼女がなにかをしている様子はない。
火音を中心に、光と闇が渦まいていく。
そばで見ているだけでも、息が詰まりそうだ。
この
火音は二本の槍を天にかざし、魔法を完成させる。
そして、その禁断の力を解き放つ。
「くらえっ、『禁・炎羅万象』!」
光と闇の両極の力が渦を巻き、深界生物の群れを呑み込む。
限界以上に高められた魔力は、禁呪の力をさらに増大させ、次々に深界生物を呑み駆逐していく。
俺は土星を連れ、火音が作った道を走りぬける。
そして、大広間への入口をくぐると、俺たちは最後の異空間へと呑み込まれた。
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