13◆変質a
「やっぱ幸せっていったら結婚だろ。子どもは三人は欲しいかな」
どこへ行っていたのか、上機嫌な火音がもどってきた。
汚れたマントと上着を捨て、肩や胸元をおおきく露出させている。
その隣にはくたびれた白衣を羽織った
眼鏡のフレームが歪んでいるが、どこかにぶつけたのだろうか。
「そんでもってよ、でっかい豪邸を建てて使用人もたくさんはべらせるんだ」
「ええですな」
上機嫌で願望を語る火音に、露骨な蚕はおべっかを使っている。
「おっ、目が覚めたか。心配したんだぞ」
火音は俺に気づくと、やけに明るい調子で声をかけた。
最大のライバルであった水仙がいなくなったことが、そんなに嬉しいのだろうか。
「にしても、火音さんに結婚願望なんてあったんですね」
「あたしだって女だ。変か?」
「いえ、ちっとも。でもほんのちょいと、ほんとうにちょいとだけ意外やね」
拳を握りながらたずねる火音に、蚕は恐れるように答える。
目元にアザが浮かんでる様子からすると、すでに何かの理由で殴られたあとのようだ。
「それで、相手は決まっとるんか?」
「ん、そりゃダーリンだよ」
蚕の質問に、火音はいつぞやのように俺の肩に太い腕を回す。
「なんの話だ?」
「いやー、日輪、帰ったら結婚しようぜ」
怪訝にたずねる俺に、火音はきっぱりと答える。
その頬はわずかに赤らんでいた。
「おふたりはそんな関係だったなんて、うちぜんぜん気づかへんかったわ」
「いや、そんなんじゃない」
首を振り、蚕の勘違いを否定する。
「うん、そうだな。まだそんなんじゃない。
でも、これからなるんだよ。ふたりで熱~い愛を育んでな」
「さようですか、頑張ってくだはい」
笑顔で告げる蚕だが、どこまで本心なのか。
「火音、おまえ酒でも呑んでるのか?」
「いや、飯は食ったが、酒は呑んじゃいないぞ」
食事をして血糖値があがったか?
いや保存食を食ったくらいで、戦慣れしている火乃国の将軍がどうこうなるわけがない。
「だったら、いきなり結婚とか、どういう風の吹き回しだ?」
正直、火音の変貌は気味が悪くすらある。
「出発前に言ったじゃねーか。ハーレムだよ、ハーレム。
残るのはあたしひとりになっちまったけどよ」
それは作戦に参加した勇者たちに根回しをし、俺が各国とのパイプを作るものだった。
生きて帰った勇者が国から英雄として祭られるのは当然のことだろう。
それによって政治的な力を強めた他国の勇者と手を組んで、戦争を回避するのだと提案されていた。
この戦いを生き抜けば彼女の待遇は良くなるのだろう。
そして、その地位までのぼりつけば、無理に戦場にでて功績を立てなくてもいいと考えているのかもしれない。
となれば、彼女にとって争いは少ない方が良いということだろうか。
「作戦が成功すれば俺はまちがいなく火乃国で一番偉い大将軍になる。
火狼の爺は邪魔だが、どうせ歳で長くはねぇ。
他に邪魔する奴がいたらクビちょんぱだ。
そんでもって、俺とダーリンが手を結べば、それだけで世界の大半を手に入れたことになる。
そうすりゃサラウエー大陸の統一はできたも同然だ。
金乃国を支えていた金華は、もういないんだしな」
残る兄貴と火狼が易々と配下に入るとは到底思えない。
そもそもとして、神威の乱用でボロボロになった俺が、生きて帰れる見込みは薄い。
だが、あまりに無垢に未来を語る少女のような姿をみていると、水を差すのは気がひけた。
「幸せになろうね」
幼子のような無邪気さで俺に抱きつく火音。
「やめろよ」
「照れるなって。なに、心配はいらないぞ。
俺はこれでも尽くすタイプだからな。
ベッドの上でもちゃんと頑張るからな。きゃっ」
「火音はんにこんい思われるなんて、日輪さんは幸せ者やね」
人ごとだと思って、蚕は適当なことを言う。
「あっ、そうだ、念のため」
そう言って火音は、腰にさした
そして、無抵抗な土星の手首をとり、その刃で傷をつけた。
「おい、なにをしてるんだ!」
「念のためだよ。ダーリンのこと信じてるけどさ」
土星の細い手首から、わずかに血が流れ落ちる。
俺はその傷口を布で押さえるが、血はとまらなかった。
「これはいったい?」
「呪いの剣だよ」
土星に構う俺を不満そうに火音が答える。
「この刀で斬られた相手の傷は通常の手段じゃ治らない。そういう呪いがかかってるんだ。
小さくしといたからしばらくはもつけど、いずれは血が足りなくなってソイツは死ぬ」
火音はきっぱりとそう告げた。
「呪いの源はあたしにあるわけじゃないから、治し方は知らない。
呪いを解けるような高位司祭か回復の達人でもいりゃべつだが……蚕、おまえは回復魔法を使えるか?」
「いえ、あたしんは実戦的な魔法はからっきりです」
「なら、どうあっても
彼女には命を賭けてともに戦った勇者の命すら、惜しまないのか。
「だからもう悩んだりしなくて良いんだよ、ダーリン」
まるで俺だけのためだと言わんばかりの最上級の笑顔で告げられる。
そして、火音は両腕を掲げると、男勝りな巨体を軽やかに弾ませながら踊りだした。
「ルルルル~♪ 一緒に幸せになろうね♪」
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