11◆猛毒b
断頭台の闇刃が降ろされると、四つめの異空間へと俺たちは連れ込まれた。
今度の部屋は十字の形をし、やはり逃げみちはなかった。
部屋の中央に黒いモヤが集まったかと思うと、そこに海老と蟹を混ぜ合わせたような巨大な深界生物の姿があった。
目とおぼしき場所にはなにもなく、甲羅の表面は黒色の炎のように揺らめいている。
見るからに強そうではあるが、まだこちらに気づいている様子はない。
眠っているのか、ただその場にたたずんでいるだけだ。
「ありゃりゃりゃれはぁ!?」
突如現れた、超巨大な異貌に叫びそうになる蚕の口を塞ぐ。
「騒ぐな、向こうはまだこちらに気づいてない」
戦力の大半も、回復の手段も失った俺たちには、もう時間稼ぎをすることすら困難だろう。
まだ眠っているのなら、深界生物が目覚める前に神威で仕留める。
蚕に静かにしているよう言い含ませると、マントの内側から勇者殺しの邪槍を取りだす。
次は火音だ。
自らが生き残るため、仲間を後ろから刺した彼女を生贄にすることに異存はない。
だからと言って、そこに躊躇いもないかと言えばそうでもないが……。
火音とは反発することもあり、正直気に入らないところも少なくなかった。なにより自国を脅かす敵国の将軍でもある。
それでも彼女には彼女なりの良いところがあり、親しくなれば気のいいヤツであると知れた。
神威に生贄が必要なければ、彼女とてあのような暴挙にはでなかっただろう。
「日輪、急ぐのじゃ」
「わかってる」
俺は瞼をとじると、槍の柄を握り直す。
――せめて、苦しまず逝ってくれ
心中で願い、踏み込みとともに穂先を前へと押し出す。
「まってくれっ」
不意に俺を制止する声があがった。
それはいつの間にか目を覚ました火音のものだった。
「別にここであたしを生贄にしなくてもいいだろ。
人数だって増えたんだ、役立たずから殺してったほうが、あとあと有利になるだろ」
蛮勇で名を馳せた女将軍が、目尻に涙を浮かべ懇願する。
それでも、その要望に応える気にはなれない。
「やはり、目覚めていたか」
水仙が、冷たい視線を火音に向ける。
「だいたい、話を聞いてみりゃ、そいつは元凶のひとりだっていうじゃないか。
だったら、そいつに責任をとらせて生贄にするべきだろ!」
どこから目覚めていたのか、蚕の事情は聞いていたらしい。
静かにしていたのは、逃げ出すための隙をうかがっていたからか。
「それはできぬ相談だな。こやつは勇者ではない。
学者ゆえ、知識はあるのじゃろう。
だが、明らかに魔力が低く、なんら特徴的な技能を有しているわけでもない」
俺も水仙の意見に同感だった。
蚕には勇者たちとくらべて
おそらく彼女を犠牲にしたところで無駄死にで終わるだろう。
「みぐるしいぞ火音。貴様も勇者であろう」
「ああ、勇者だ。だが、火乃国の戦士でもある。
戦場で敗者が死ぬのは世の理だ。それには従おう。
だが、あいつより先に殺されるのはがまんできねぇ」
蚕を身代わりにするのが無理だと判断すると、火音はその矛先を変える。
嫉妬を含んだ視線の先には、ただ連れられて歩くだけの土星が立っていた。
「生きる気のない奴より先に殺されるのは嫌だ。納得できねぇ。
あたしはなんで、そいつよりも先に殺されなきゃなんねーんだ。
同じ殺されるにしても、生きる気がないからとか、なにもしてないからって理由であとまわしにされるのは理不尽だ」
火音は自らを拘束する水のロープから逃れようともがくが、水仙の魔力で編まれたそれを切ることはできない。
「頼む、日輪。おまえからも言ってくれ。あたしとおまえの仲だろう」
神威を向けたままの俺に必死に訴える。
「あの、なにが起こるんです?」
ただならぬ空気を感じたのだろう、蚕が声をひそめたずねる。
「神威を使う」
「なんですかそれ?」
短く答える俺に、蚕はなおも質問を続ける。
「日輪、そやつに構うな」
「ねー、教えてくださいよ」
先ほどまでの震えていたことも忘却し、目の前の道具に好奇心を震い立たせている。
「これは……勇者を生贄にする武器だ」
水仙の言葉に従うべきだ。
そう判断しながらも、俺は仲間を生贄に捧げる後ろめたさを吐き出す。
「生贄ですか?」
「ああ、そうすることで、神威は神の力を引き出すことができる」
「神様ですか? すごいですね」
なにがすごいのか、蚕は興味津々に漆黒の槍に顔を近づけ、詳細を観察する。
「いいかげんにしろ」
水仙が怒りを顕わにすると、火音を窒息させた水の玉を蚕にもぶつける。
「はぷっ」
口を塞がれた蚕は声を出すこともできずにもがく。
「日輪頼む。あとほんの少しでいい待ってくれ」
「日輪これ以上、時間を無駄にするな。外では大勢の兵たちが戦っておるのじゃぞ」
「お願いだ聞いてくれ。仮に順番を入れかえたからって結果は、変わらないんだろう。
頼みを聞いてくれたら、俺はちゃんと勇者として生贄になる。だから頼む」
火音の言葉は必死すぎる。俺はそこに疑問を覚えた。
彼女の言葉は時間稼ぎのようだが、時間を稼いでなにが変わるというのか。
彼女の助けなどくる見込みなどないというのに。
そう疑っても、懇願を続けるは火音に向けた神威を突き刺すことはできない。
彼女は自らの命がかかっていたとはいえ、木香を後ろから刺し殺した。
それは絶対に許せない。
だが、それでも彼女は一緒にここまで戦ってきた仲間でもある。
「なにをしておる日輪。火音は危険だ。早くするのじゃ」
水仙が動けぬ俺を急かす。
なにかが変だ。優位にたっている水仙がなにを焦る必要がある?
見ると水仙は額に大量の脂汗をかいていた。
「水仙?」
突然、水仙が膝から崩れ落ちる。
「おい、どうしたんだ」
「くっ」
髪の毛が汗を浮かべた額にべったりとくっつけている。
蚕や火音にばかり気をとられていた俺は、ようやく水仙が不調であることに気づいた。
「くくくくっ、ふははははっ……」
火音は押さえるように笑いながら立ち上がる。
そして魔力の衰えたロープを自力で解いた。
「おい水仙、いったいどうしたんだ」
俺はたずねずにはいられない。
「ようやく利いてきたようだな」
「火音、水仙になにをした!?」
「おいおい、大きな声をだすなよ。あいつに気づかれたらどうするんだ」
拘束のとかれた手首をさすりながら、火音が言う。
「ぬかったよ、火音は破裂短剣の柄に毒を仕込んでおいたのじゃ」
「毒だと?」
水仙との戦闘の最中、火音が投げた爆発式の短剣のことを思い出す。
あれにそんなものまで仕込んでいたのか。
「深界生物相手にゃ利かないが、念の為もってきておいて正解だったな。
にしても、巨大な魔物だって即死するような強力なヤツにこんなにも耐えるとはビックリだ。
このおチビちゃんが四神ってのにようやく納得したぜ」
火音が見苦しくも、時間稼ぎをしていたのはこのためだったのか。
火音は逆転した立場を象徴するように倒れる水仙の顔を踏みつける。
「やめろ」
「そうだな、こんなことをしている場合じゃなかった」
火音は制止に従うと、水仙の小さな身体をもちあげる。
そして編み込んだ髪の解けた幼女を俺の前へと差し出した。
「さあやれ」
「!?」
俺は息を飲む。
「こいつはすでに虫の息だ。どんだけ頑張っても異界門に移動するまでに死ぬ」
木香の回復がない以上、解毒することもできない。
「日輪、おまえがひとりでも多く勇者を生き残らせって考えるんなら、いま神威で刺すべき相手はひとりしかいない。わかるな」
火音の言うことはもっともだった。
ここで、水仙ではなく火音を刺せば、水仙の命は途中で尽きる。
そして最後の異界門に土星を使えば、俺以外の勇者は誰も残らなくなる。
だが、だからといって……。
「かまわん……やれ」
いまにも死にそうな水仙がわずかに瞳を開く。
「だがしかし……」
「もともと、儂は生贄になるつもりだったのじゃ、無念がないとは言わんが、選択の余地は…ない……刺せ、その槍で儂を…………」
彼女は自分の死を前にしても、人類に未来を残そうとしている。
高い実力に崇高な魂。水仙こそ本当の勇者だ。
なのに俺は!
「日輪、世界を……頼んだぞ」
やがて、幼女の瞳から光が消えようとする。
その鼓動が完全に尽きるまえに、俺は彼女を神威の穢れた矛先で貫いた。
そしてちょうどその時、上空に鎮座していた深界生物が動き始めた。
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