10◆生存者c
「おい君、大丈夫か?」
朧月から手を離し、衰弱した女性を抱え起こす。
「あっ…あんた……その服は、日乃国の……。
日乃国はうちらを助けに来てくれたんやね」
目覚めた女性は、口元のホクロをわずかに動かしたずねる。
「ああ、俺は日乃国の日輪だ」
「日輪、王様の弟さんが……ありがとさん、やっぱ日乃国の人は義理がたくて信用できるわ」
女性はそうに言ってくれたが、俺には彼その意図がわからない。
国境を隣接している以上、天乃国との交流はあったが、それでも友好国というほどではないハズだ。にも関わらず、彼女の期待はなんなのか。
「うちの名は
◇
空腹の蚕を気遣い、固い保存食を魔法で沸かした湯につけ、少しでも消化しやすくなるようにと柔らかくする。
「助けに来てくれたんとちゃうん?」
落ちていた眼鏡をかけ直した蚕が、俺たちにたずねる。
「いや、たしかにそうとも言えないこともないが……」
生存者がいるのなら助けるし、いまは少しの情報でもありがたい。
だが、なぜ彼女はこんなにも日乃国に期待しているのか。
その疑問を俺に代わって口にしたのは水仙だった。
「何故、天乃国の学者である貴様が、日乃国の助力を歓迎するのか、儂にも聞かせてもらいたいものだな」
「なんやねん、このツヤツヤオデコちゃん。檄カワやで?」
蚕は眼鏡の位置を調整し、水仙のすこし広めのおでこを見つめる。
二十代とおぼしき外見のわりに、ずいぶんと言動が子どもっぽい。
幼女姿で老人口調な水仙とは逆だな。
身体付きも飲み食いをしてなかったとは思えないほど豊満で、そういう意味でも水仙とは反対だった。
「彼女は水乃国の
可愛いと言われたのに、なぜか不機嫌そうな水仙に代わって俺が教える。
すると蚕は驚いたようにたずね返した。
「えっ、こんな可愛い子があの『
「わからないのはこっちの方だ」
大賢者の称号から、どうしてそんな物騒なふたつ名がでてくるのか。
少なくとも俺はそんな呼び名を聞いたことはないぞ。
だが、火音を打ち倒した戦闘力を考慮すれば、あながち的外れではないようにも思える。
「あの、日輪さんはうちらの救援に来てくれたんよね? ね?」
「ちがう。俺たちは勇者としてこの城に作られた異世界門を破壊しにきたんだ。
あそこから湧く、黒霧と深界生物にいま人類は危機に陥っている」
「えっ、そない状況になってるん?」
状況を知らなかったらしく、蚕はひどく驚いている。
「キミはどこまで事態を把握している?」
「異界門の実験中に、竜脈に繋いだ魔力拠点が暴走したや。
そのせいで予定よりもずっと大きな深界生物が召喚されてもうてな、捕まえるどころの話じゃなくなったんや。
そんで、ここに逃げ込んで……ひたすら見つからないことを祈ってたんや」
「他の連中は?」
「わからへん、自分が逃げるので精一杯やったんや」
騒ぎが落ち着いたあとには、ここからは逃げられなかったらしい。
もともと研究室に籠もりがちだったので、食料と水は用意しておいたが、それも途中で尽きたのだと言う。
「……本当にそれだけか?」
蚕の証言に水仙が疑いを持つ。
「学者やさかい、嘘はつきまへん」
彼女の言葉を信じ切れないのは、火音の裏切りにあったばかりだろうか。
「そもそも、うちらは日乃国の情報提供をもとに深界生物を召喚しとったんや。
外がどうなってるのか、わからへんけど、それを天乃国だけのせいにしないでほしいわ」
「馬鹿な、この件に兄貴が関わっていたっていうのか」
「そうやで、直々に視察にもきとったさかい間違いあらへん」
蚕の言葉に俺は驚きを隠せない。
「それで異界門を閉める方法はないのか?」
水仙が質問をする。
「緊急用の解除装置は用意しとったんやけどな、使っても門は破壊できなくてそのまんまや。
四つ作った魔力拠点は、門を繋ぐために必要な魔力を集めるものやったんやけど、維持だけなら異界門だけでありゃ充分やと思うで」
「くそ」
結局状況は変わらずか。
「ところで、うち、早く城外へ逃げたいんやけど……いつ、出発するん?」
「それはできない、俺たちは異界門を破壊しにいかなければならない」
「そんな、あんたら勇者なんやろ? 自分で言うてたやん。
だったら、うちのことも助けててーな」
蚕は自らの安全を訴える。
「貴様が元凶であろう。図々しい」
「元凶は日乃国、もしくは
もしくは判断した天乃国の上層部。
うちらは失敗したときのリスクが大きいいうて、反対したんや」
自らのせいではないと繰り返す、責任の押しつけは見ていてイラつく。
「とにかく、俺たちは目的を果たすまで外にはでるわけにはいかない。
悪いが食料は置いていくから戻るまで待っていてくれ」
「でなければお主ひとりで外へ出るのじゃな」
水仙が意地の悪いことをいう。
「またここで待つなんて絶対嫌です。
なら、せめて一緒に連れていってください」
その言葉に俺は眉をひそめた。
深界生物との戦いの素人を連れていくのは危険すぎる。
だが、そんな俺の考えに反して、水仙が許可をおろす。
「ああ、連れていくとも、貴様は事件の全容を知る者だ。
みなの前で真実を語ってもらうためにも、生きていてもらわなければならん」
冷たい目で水仙は蚕をみつめる。
「だが、兄貴がそんなことに手を貸したなんて信じられん。
どうして兄貴は天乃国を援助するのに、こんな手を使ったんだろう」
「そりゃ、表だって動いちゃ金乃国に発覚するやない。
天乃国の商業主義を金乃国の女王様は、たいそう嫌っとったからね。
日乃国としては、そっちの機嫌を損ねんようにするのに、裏から手を回すしかなかったんやろ。
「日神にどこまでの思惑があったか知らんが、この件に一枚噛んでいたのは間違いないようじゃな」
……兄貴は本当にそんなマネをするのだろうか。
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