10◆生存者a
10◆生存者
異界の混じりこんだ城内を、水仙が先頭となり黙々と進んでいく。
細い肩には大柄な火音がかつがれている。
俺はそのあとを土星の手を引きながら歩いた。
土星の手は華奢で柔らかく、実力を知ったいまでも彼女が勇者であること疑いそうになる。
そのくらい彼女の手のぬくもりは心地よく、ずっと握っていたいような気分にさえなる。
そのためなら……。
いや、こんな時に俺はなにを考えているんだ。
かぶりを振って意識を整える。
「日輪、遅れておるぞ」
「すまない」
振り返った水仙に返事をすると、俺は土星の手を握ったまま彼女の後を追いかけた。
俺たちの周囲には、宙に浮かびただ漂うだけの深界生物たち。
その醜いオブジェに気づかれぬよう、その間を静かに抜けていく。
周囲は水仙の操る水の膜で覆われていて、それが俺たちの隠蔽効果を発揮しているのだが、この状況はさすがに落ち着かない。
「こいつらは、どうやって人間を判断してるんだろうな」
目を持たない闇の生き物たちの異貌を眺め、ぼんやりとした疑問を口にする。
すると、水仙から意外な答えが返ってきた。
「おそらくは視力じゃろう」
「え?」
疑問の声に周りの深界生物たちが、一瞬ざわつく。
準備もなく大量の深界生物との戦いになれば、いかに勇者といえど無事ではすまない。
それも戦力は激減し、まともに戦えるのは俺と水仙のふたりだけだ。
動き出した深界生物の動向を見据える。
偶然、近くを通った魚型深界生物の尾が隠蔽用の水膜を貫通しした。
その尾が土星の頭をかすめそうになるのを、引き寄せて回避させる。
水膜に触れた深界生物も、俺たちに気づいた様子はない。
………………………………。
しばらくして、俺たちの姿を発見できなかった深界生物たちは、体力を温存させるようにその動きをとめた。
「ふぅ」
俺たちはそろって、安堵の息をもらす。
「気をつけろ」
「すまない」
声をひそめ謝罪する。
「でも、いったいどうして?」
俺は抱き寄せた土星を立たせると、水仙にさきほどの疑問に説明を求める。
「いま使っておる隠蔽魔法は、周囲に水の膜を張ることで光の屈折を操作し、背景に溶け込むものじゃ。
目とは光の反射を読み取る器官であるから、その反射がおこなわれなければ見つかる心配はない。
視覚に対する隠蔽が有効ということは、やはり視力で獲物を探していると考えるのが妥当じゃろう」
深界生物の醜悪な姿を見つめながら水仙が答える。
「目がないから退化したのかと思っておったが、動いておらぬものを見れば、頭部に小さな窪みがある。あれが目なのではないのか?」
言われた箇所を注視すれば、小さな窪みが両側に一対ついているのがわかる。
それが本当に目だとするならば、巨体に対してあまりにも小さい。
「目が小さいのは、深界の弱い空間で進化しなかったのか、それともこちらに来てから小さく変化させたのか……深界という場所を覗いてみなければ判断できんな」
「黒霧のことを考えると、小さく変化させたんじゃないか?」
俺はなんとなく思いついたことを口にする。
「そうじゃな、黒霧のない場所で目撃したことはなかったが、案外太陽光に耐性がなかったりするかもしれんな。
とは言っても、黒霧を払うためには、異界門を閉じる必要があるわけじゃがな」
「結局、やることに変わりはないって訳か」
「だが、良いこともあるぞ。
強力な太陽の光に弱いのであれば、異界門を破壊した後に、残った深界生物の討伐が楽になる。それだけでも被害は激減するじゃろう」
ふたたび歩みはじめると、巣とおぼしき密集地から無事抜けることができた。
通路には歪んでいたところが
太さが不自然に変わり、ねじれ、狭まっている。
たまたま見つけた小窓を覗きこむと、なぜか前を歩いている水仙の姿が、足元から覗けたりしてあわてて目をそらしたりもした。
「いったいどうなってるんだ?」
「魔力拠点を破壊した影響じゃろう」
上下感覚を疑いそうになるほど歪んだ道を歩きながら、水仙は淡々と説明する。
「三匹目の深界生物を倒したことにより、空間がもとの姿を取りもどしつつある。
それにしても三匹目が向こうから来てくれたのは助かったな。一カ所分の移動時間が省略できる」
「そうだな」
「そろそろ休憩にするぞ」
足取りの重い俺に気を使ったのか、火音を担いだままの水仙がそう提案する。
「まだ、俺は平気だ」
こうしてる間にも、黒霧の影響は大陸中に及んでいる。
外にいる兵士たちだって深界生物とまだ戦っている。
時間をかけた分だけ被害が増えるんだ。
そう何度も休んではいられない。
「儂が疲れたのじゃよ。それに見ろ、おあつらえむきな場所があるようじゃ」
水仙が指さす先には、金属で補強された扉があった。
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