09◆火水の争いb

 優勢に戦いを進める火音だったが、それは長くは続かない。

 次第に炎剣の動きに陰りが見えはじめた。

 それを証明するように、水仙の透けた水剣が火音の道着を裂き、その身から血を流させる。


 火音の瞬発力は非常に高いが、それを維持し続けることはできなかった。

 水仙に押し返される火音は、すでに肩で息をしはじめている。


 火音の苦手に気づいていただろう水仙は、わざと攻め込ませ疲労を誘ったのだ。

 だからといって、最高峰の攻撃技術をもつ火音の猛攻を防ぎ続けるのは、並の力量じゃない。防御を得意とする水仙ならではの戦法だ。


 時間が経過するごとに火音の攻撃は精度を落とし、それに確実に対処していく水仙に勝利は傾いていく。

 集中力の低下が影響したんだろう。火蜥蜴が水乙女に少しずつだが押されだす。


 自らの劣勢を自覚した火音の剣筋がさらに粗くなった。

 そして、頃合いを見計らったように水仙が反撃に転じる。


「エムウォタ・サウザ・ブレブレイク……光よ力を持ち我が前に集え。万の剣となり死の舞いを踊れ……『光剣・万攻陣』!」


 相手の隙をつき、水仙が反撃の魔法を完成させた。

 彼女の周囲に無数の光の剣が現れ並ぶ。

 無論、その剣先は火音へと向けられている。


舞えっダンシング!」


 水仙が手にした剣を垂直に振ると、それに連動して光の剣が舞うように動く。

 奮戦を続けた火蜥蜴たちだが、相手の加勢に対応しきれず次々と葬られていく。


 自由を得た水乙女は、直接火音へと襲いかかる。

 手にした炎剣で水乙女を引き裂く火音だが、劣勢を覆せない。


「くそっ」

 火音は腰から短剣を引き抜くと、召喚主である水仙へとそれを投げつける。

 苦し紛れの投撃を水仙は、横へ移動することで回避。

 だが、顔の横を通過しようとした短剣は、そのすぐ近くで爆発した。


――あれはっ!?


 顔合わせのとき、火音が俺に向けて投げつけたものだ。

 あの時とはちがい、こんどはしっかりと火は点けられていた。


 間近の爆発にひるんだ水仙の動きが鈍る。

 苦悶の表情を浮かべ、水剣を落とすと瞳を閉じた。


 視力を失った獲物に獰猛に襲いかかる。


「もらったぁ!」

 自らの勝利を確信した火音が、大気を焦がす炎剣を振り下ろす。

 だが、彼女の渾身の一撃は、視力を失ったハズの水仙にかわされた。


 その動きは、まるで見えているかのようだった。


「なんだと?」

 必中と思われた攻撃が避けられ、バランスを崩す火音。


 水仙は火音の赤い戦装束の上から腹部を蹴りつける。

 そして、手にした水晶から球状の水を生み出すと、動きをとめた火音の顔に叩きつけた。


 水仙の生みだした水球が、まるで金魚鉢でも被せたかのように、すっぽりと顔面を覆う。

 火音は必死に水を取り除こうとするが、彼女の手は水をすり抜けるだけだ。


「すでに見せた手を使うとは、焼きが回ったな」


 暗い石の床に倒れ込み、もがく火音。

 それを見下ろす水仙。


 やがて、酸素を得られなくなった火音はその場で気を失った。


 しかし、水仙は火音の短剣で視界を奪われていたハズ。

 なのに、どうしてあの攻撃をかわせたんだ?


 不思議に思い目を凝らすと、水仙のまわりに薄い水の膜が張られているのがわかった。

 あれで爆発を防いだのだろう。


 相手の手にひっかかったとみせて隙を誘うとは。

 水仙の方が火音よりも何枚も上手だったということか。



「水仙、大丈夫か」

 俺はまだ重い身体を引きずりつつ、水仙のもとへとやってくる。


「ああ。心配ない」

 さすがに疲労の色がみてとれるが、火音をくだしてなお水仙にはまだ余裕が感じられた。


「顔、血が出ているぞ」

「気づかれぬよう、水壁を薄くしたせいで完全には防げなかったか」

 俺の指摘に水仙は頬にできた細い傷を指先でなぞる。すると、すぐに傷はふさがった。


 大賢者スペシャルセージの称号と妖精のように華奢な姿から、戦闘は本業ではないと勝手に思い込んでいたが、そんなことはまるでなかった。


 武器の扱いは巧みで、魔法においては追従を許さない。

 なによりも彼女の精神こころにはまるで隙がない。


 改めて四神の壮絶な強さを思い知らされた気分だ。


 水仙は動かぬ火音を見下ろしながら、水晶をかかげると、そこから水の蛇を生み出す。

 魔法で生み出された蛇は気絶した火音の身体に巻き付くと、彼女をしばりあげる半透明なロープへと姿を変えた。


 そして、水仙は戦いをとめる事のできなかった俺へ冷然と告げる。

「日輪、次の生贄には火音じゃ」

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