08◆分解c
世界を分ける暗幕がおろされると、俺たちはまたも薄暗い部屋の中に呑み込まれた。
それまでも変貌した城という歪んだ空間だったが、ここはなにもない処刑室のように無機質な空間だ。
部屋の形は三角形で、それが捻りのある柱状に終わりの見えない天へと伸びている。
その中央に黒い霧が集まったかと思うと、三匹目の超深界生物がそこに顕現した。
今度のヤツはいままでのものよりもずっと小さい。
目のない鰻のように細長い形状をししている。
その身はこれまでの深界生物とはちがい、半透明に透けていてた。
「ちぃ」
土星の魔力供給がはじまると、火音と水仙の攻撃が開始される。
「ケイフレーム・クルル・ガルバン……使徒よ来たれ。その怒れる刃を用い、悪しき者を捌け……『炎天使降臨』!」
「エムウォタ・スクル・ベルタウルテ……運命を司りし三女神。その穢れなき心をもって、悪しきものを浄化したまえ……『水風炎・混合神罰』!」
火音と水仙は互いに距離をとるような位置取りをしながらも、連携を欠かすことなかった。深界生物を挟み込むように攻撃をしかける。
だが、彼女らの打ち出した炎と水は、深界生物に触れることすらなかった。
「「なんだと!?」」
ふたりの攻撃はこれまでとちがい、高速で移動する超深界生物に回避されていく。
さらに、超深界生物はその口から小剣ほどもある針を吐き出した。上方より降り注ぐ針の雨は防ぎきれず、俺たちは傷ついていく。
すかさず、土星と結託した木香が回復魔法を発動させ、血を流す
だがそれは、これまでの直接相手に触れる回復とはちがい、距離をとったまの遠距離魔法だった。
土星の助力によって回復に支障はないが、彼女から警戒されているという事実にショックが隠せない。
――いや、いまはそんなことにこだわっている場合じゃない。
意識を深界生物へともどすが、こちらの攻撃は素通りするばかりだ。
これでは、いくら傷を癒やそうともいずれは追いつかなくなる。
やはり、犠牲なしにこの局面を乗り越えることはできないのか。
だが、生贄を俺が決めろと言われても選びようがない。
――駄目だ、逃げるな考えろ
改めて、いまもなお必死に戦い続ける仲間たちに視線を向ける。
火音と水仙は互いに仲が悪いがやはり強い。
彼女ら抜きで城内を進もうとすれば、最後の魔力拠点へたどり着けるかも怪しい。
回復術を行使する木香も必須だ。
回復のあるなしで、今後の戦況は大きく代わるだろう。
ならば……。
木香と手をとりあったまま、魔力供給を続ける土星と目があった気がした。
土星の増殖能力は確かに強力だ。
だが、その元となる人物がいなくなってしまえば意味はない。
彼女の作り出す土塊のサポートも有用ではあるが、あくまでも補助としてのことで、直接戦闘で成果をあげることはない。
ならば生贄にするのは……。
「急げ日輪、いつまでも持ちはしないぞ」
操る水で超深界生物を退ける水仙が叫ぶ。
本当に彼女を……土星を生贄にしなければならないのだろうか。
いや、迷うな。俺は決めたハズだ。
なんとしても人類に平和をもたらすと。神威の使用に躊躇したりはしないと。
己の中に鋼の意思を顕現させる。
そして、マントのうちから神威を呼びだした。
その漆黒の柄を握り、きつくまぶたをとじる。
――このまぶたをあげたら、俺は神威を土星に突きさす
しかし、覚悟を決めた俺の目に写しだされたのは、槍で貫かれた
その細く華奢な身体が、背後からの紅い大槍で貫かれている。
その槍を握るのは火音。
彼女は深界生物への攻撃を続けながら巧妙に移動し、木香に大槍を突き立てたのだ。
肺を貫かれた木香の口から血がこぼれだす。
「っ――――!」
土星が言葉にならない悲鳴をあげた。
俺は神威を握ったまま、慌てて木香に駆けよる。
まだ生きてはいる。
だが、この傷じゃ俺には助けようがない。
パクパクと口を動かす木香だが、そこからは新たな血が流れ落ちるだけだった。
「火音っ、おまえはっ」
凶行に及んだ火音を睨みつける。
「おまえが選べないから、俺が選んでやったんだよ」
火音は悪びれもせずそう主張した。
俺は怒りのあまりに、神威を彼女に突き刺そうとするが、かろうじてそれを堪える。
「はやくやれよ。このままじゃ、そいつは意味ない犠牲になるぞ」
俺は歯を食いしばり、神威の柄を握り締める。
彼女の言う事はもっともだ。
だが、こんな形で生贄を選ばされることになろうとは……。
木香を見下ろす俺の手を、彼女はそっと握りしめた。
そして言葉もなく小さく頷く。
俺は……俺は俺は俺は…………俺は、こんな健気な少女までも生贄に捧げなければならないのか。
「くそっ!」
己の運命を呪いながらも、俺は木香へと神威を突き刺した。
これまでと同様に、神威に貫かれた少女の身体は分解され消えていく。
それにつれ、蓄えられた記憶が流れ込んできた。
意外にもその記憶には木香自身の姿が映っていた。
他者はおぼろな姿でしか現れず、砂に描いた絵のようにすぐに消えていく。
多くの人たちに囲まれ、その生き様に賛美される姫。
周囲の者たちは彼女を讃えることを惜しまない。
そして、彼女自身もそれを自らに課し、己を磨き上げることに余念がなかった。
その舞台裏とも思える彼女の姿は、自意識過剰なナルシストのようにも思えた。
だが、それでも鏡に向かい微笑む姿は、とてもとても美しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます