08◆分解b
「テメー、何様のつもりだ」
「事実を言っているだけだ」
再び火音と水仙が火花を散らす。
「まってくれ火音、ここで争っても仕方がない。
水仙、事実を言っているのはわかるが、もう少し言葉を選んでくれ」
俺はふたりの間にはいって口論をとめる。
「ボカして言ってもしかたのないことだ」
「だからって……」
「我々はあいつらを倒し、異界の門を破壊せねばならない。
そのために危険を顧みずここへやってきたのだ。覚悟を決めろ」
「それで自分だけは助けろと?」
容赦のない火音の問いに、さすがの水仙も即答しない。
「攻略するべき魔力拠点はふたつ、それと異界門も破壊しなきゃならない。
となるとあと三回、神威を使わなければなんねー。
そして俺たちは残り五人。生き残るのはこの中のふたりだけだ」
誰もが思いながら口にできなかった計算を、火音が口にする。
「さて、誰が生き残る?」
「それについてじゃが、確認したいことがある。
日輪、神威を貸してくれないか」
挑発するような火音を無視し、水仙が俺に要求した。
「ちょっとまて、なにをするつもりだ」
「確認したいことがある。そう言ったが?」
「それは俺がやる。テメーは信用できねー」
「まるで、他の者なら信用できるというような言い方だな」
「なんだと?」
火音は水仙を睨みつける。
もともと仲の悪かったふたりは、いまにも戦いをはじめそうだ。
「おまえは大賢者とかなんて偉そうにふんぞり返りながらも、情報を後出しにする。神威の件だってそうだ」
「儂とて全知ではないし、神威については持ち込まれていることすら知らなかった。
それに深界生物の件もあくまで状況から推測しているにしかすぎん」
火音とて水仙の言うことがそれがわからないわけではないだろう。
だが、それでも誰かにあたらなくては精神の均衡を維持できないのだ。
「まあいい。日輪、火音に神威を貸してやってくれ」
俺は水仙の指示に従い、柄を火音の方に向け手渡そうとする。
だが、神威は彼女の手を拒んだ。
「なんだと?」
火音の顔色が変わる。
「所有者の移動は行えんか」
事態を予測していたのか、水仙にさして驚いた様子はない。
「日神から神威を預かったときに、なにかしたことは?」
「いや、特になかったと思う」
「現所有者として日輪が神威に認められるか?
いや、それを憶測で言ってもしかたのないことか」
確認は済んだと、水仙は俺に神威をしまうように促す。
「なるほどなるほど、つまりはあれか。
残された椅子はあとひとつってわけだな?」
まるで事態が、生存権という椅子をとりあうゲームであるかのように、火音は話をまとめた。
「で、その最後の席に座る奴はどうやって決める?」
火音の挑発的な発言に、水仙は動じず、木香と土星は手を取り合ったまま脅えたように身を震わせる。
このまま殺し合いがはじまりかねない空気だ。
四神のうち金華が消えたことにより、この場で一番実力があるのは水仙だろう。
だが、火音のガムシャラさは、なにをしでかすかわからないところがある。
水仙とて必ずしも彼女に勝てるとは言えないだろう。
木香と土星はふたりより格下ではあるが、連携すれば力関係を覆すだけの実力はもっている。
しかし、生き残れるのがひとりだけという状態で、彼女らはいつまで友情を貫けるのか。
「この場で争ってもしかたないことじゃ」
「テメーが仕切んな」
「仕切ってなどいない」
誰もがリーダーと認めた金華がいなくなった弊害が早くも現れている。
俺では彼女らを抑えることはできない。
「うっせー、殺すぞ」
「いいのか? お主の得意な炎で儂を焼き殺せば、たったひとつの生存枠が失われ、おぬしも生贄となるのじゃぞ」
水仙の言葉に火音は奥歯を噛む。
だが、彼女がしたのは、説得ではなく抑えつけだ。
このままでは間違いなく俺たちの結束は破綻する。
「いちど引き返すか?」
崩壊寸前の部隊をもちなおさせるためにも、俺はそう提案する。
「馬鹿を言うな。ここに来るためにどれだけの犠牲を払ったか、忘れたわけではあるまい」
確かにその通りだ。
十五万人の兵たちは、外の深界生物を引きつけるためにまだ戦っているのだろうか。
「だったら、進んでテメーが生贄になれっ」
「……よかろう、我が生贄になろう。だが、いまは駄目だ」
「そんなことを言って命が惜しいんだろ」
火音の指摘に水仙は同意も反論もせず、ただ無視をした。
その態度に腹を立てた火音は、立ち上がりそれまで保っていた距離を縮める。
「やめるんだ!」
「日輪、オメーは誰が生贄に相応しいと思っている?」
水仙に掴みかかろうとした火音をとめる。
すると彼女は俺にたずねた。
「そうじゃな、お主が一番客観的に観ることがでるやもしれぬ」
「それは……」
四神としての実力をもち、見識に富んだ
数多の死地を乗り越えてきた、火炎使いの赤味を帯びた瞳が、
何度も俺を死の極限から救いあげてくれた、回復者の碧眼が、
魔力供給により、俺たちを支え続けてくれた、増幅者のレンズ越しの瞳が……
四対の視線が俺に集まっている。
だが、死刑宣告に等しい答えを、簡単に得ることなどできるハズもなかった。
「最強である火乃国の将軍、この火音様を殺せばあとで必ず問題になるぞ」
答えに窮した俺に、火音が脅しかけるように言う。
「そうだな、お主の死を理由に他国への宣戦布告はあるじゃろう。
だが、お主が生きてかえっても、他の理由を探し同じことをするのじゃろう?」
「なんだと」
水仙の言葉に火音が声を荒げる。
口論に参加しない木香と土星も、弱々しい視線で俺の動向を窺っている。
俺はその問いに答えられないままでいた。
だが、俺たちに考える余地など与えられはしなかった。
その場の空間に変化が起きる。
この感覚はまさか……。
「なんと、むこうから襲ってきたというのか?」
おなじく空間の変質に気づいた水仙が声をあげた。
空間は、俺たちの動揺に関係なく変質をはじめる。
俺たちは、その急流を逸らすことも受け止めることも出来ず、ただただ流されていくだけだった。
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