08◆分解a
08◆分解
「そろそろ目覚めてくれんかのう……日輪よ」
闇の底に落ちた俺に誰かが呼びかけた。
心身を蝕む疲労が要求を拒もうとするが、それでも俺は目を開く。
その先には、しっとりとした輝きをまとう青髪の幼女が俺を見下ろしていた。
「また、死にかけていたのか」
横たわっていた身体を起こしつつ、肉体の様子をたしかめる。
すでに回復は済まされ、これといった傷は見当たらない。
「傷は深かったようじゃが、死にかけるまではいっておらん。きっと金華が守ってくれたのじゃろう」
「そうか」
水仙の説明に、俺はなんの感動もなく頷く。
「金華は……」
「消えたよ、月兎子と同じようにな」
水仙のあきらめたような答えに、心が狂いだしそうになる。
だが俺は、鋼のロープでそれを無理やり縛り上げ押しとどめた。
――約束したんだ。金華のように強くなると。
彼女なら、まだ戦いが終わっていないこの状況で弱音を吐いたりはしない。
そう、すくなくとも表面上は。
「強くなったようじゃな」
「そりゃ良かった。仲間を犠牲にして弱くなったら目もあてられないからな」
「……そうじゃな」
「それにいつまでも弱いままじゃいられない」
笑みを作って顔に貼りつける。
これは本当に強さというものだろうかと疑いながら。
周囲を確認すると、超深界生物と一緒に異空間は破壊され、城のなかへともどっていた。
だが、俺の近くには傷だらけの儀礼用ローブを着用した水仙しかいない。
木香と土星、そして火音は、俺と水仙のどちらを避けているのか、距離を置いている。
木香の顔色は悪く、近くに土星だけを残し距離をとっている。
火音は赤い愛槍を抱えるように座ったまま、警戒心をあからさまにしていた。
すでに生き残った者たちの心はバラバラだ。
だが、そんな空気を読むことなく、水仙が呼びかけるように発言する。
「先程の戦闘でいくつかわかったことがある」
その言葉に、誰も顔を向けようとしなかったが、注目していることは気配で察せられた。
「深界生物は通常の攻撃で殺すことはできない」
「はっ、なにをいまさら」
水仙の説明に、火音が吐き捨てる。
「言い方が悪かったな。
深界生物はいかなる物理攻撃を用いようと倒す事ができない」
「……どういうこと?」
木香を支えるようにしていた土星が、水仙に顔を向け小さく問いかける。
「あれは他次元の生物だ。
それが異界門をくぐることにより、こちらの世界に現れたのだと、我々は考えていた」
「ちがうのか?」
水仙の説明に俺は問いかける。
「正確に言えばちがう。例えるなら精霊がいいだろう。
日輪、お主は魔法もなしに精霊を斬れるか?」
「無理だ。たしか精霊ってのは、この世界にいるように見えても、その本体は精霊界に残ってるんだろ?」
むかし、月兎子にそんな説明を受けたことがある。
その理論を応用した月影魔法は、攻撃を受ける直前に、陰を残したまま身体を異世界に瞬間的に避難させるのだ。
その結果、攻撃を透過させたような錯覚を引き起こす。
「精霊を倒すには、魔法なり魔法の武器なりを使って、一緒に精霊界の本体も攻撃しなきゃいけない」
「その通りだ。精霊はこの世界と、隣接した世界に同時に存在している。
故にこちらの世界の写し身だけを攻撃しても意味がない。精霊界にいるほうが本体なのだからな。
だが、魔法ならばその波動により、この世界に顕現した器と同時に精霊界の本体も攻撃をすることができる……だろ?」
大賢者は俺の解答に丸をつける。
「これは肉体を持たぬ
「だが、奴らは魔法で付けた傷すら回復したぞ」
水仙の説明に、距離をとったままの火音が口を挟む。
「深界生物は、精霊や幽鬼よりも遠い次元に存在しているのだろう。
そしてやつらの本体は、その我らからみて遠い次元に残されたままなのだ。
だから、いくらその場に見えている肉体を破壊しようとも、本体から魔力を供給すれば何度でも甦ることができる。
小型・中型の深界生物が復活しないのは、その距離ゆえに、再度こちらに魔力を送り込むだけの力がないのじゃろう」
「じゃ、どうして神威だけがあいつらを殺せるんだ?」
「何度も言ったようにあれは神の力だ。
神という高次元の力故に、深界生物の本体がある異世界までも干渉できるのじゃろう」
「だから、禁呪は無効でも神威は有効なのか。
破壊力じゃ金華の禁呪の方が
水仙の説明に俺は納得する。
だが、それは残酷な真実を俺たちに突きつけていた。
「そいつはつまり、俺たちに死ねってことだな?」
トゲのある火音の台詞を水仙は頷いて認める。
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