07◆鋼の女王d
金華の勝利により、戦意を持ち直した俺たちだったが、それはそう長く続かなかった。
「……おかしい」
最初に違和感に気づいたのは土星だった。
「どうして通常空間にもどらない」
続いて、水仙が違和感の正体をつきとめる。
「おい、あれを見てみろ!」
火音が指をさす先を見上げると、そこに暗い霧が現れていた。
「まさか!?」
不安は的中し、超深海生物がふたたびナマコに似たその姿を現す。
そこになんら欠けた部位はない。
「馬鹿な……」
「あいつは金華の魔法で、跡形もなくぶっとばされたハズだろ、なんでだよ!?」
みなが再臨した超深界生物の姿に驚愕する。
そんな俺たちの状況に関係なく、超深界生物はその口を大きく開けると、無数の小型の邪魚を吐きだした。
「木香、早く金華の治療を」
俺は手のとまった木香に治療を促すと、迎撃の準備をはじめる。
だが、木香の手をとめたのは金華自身だった。
「私はいい。それより日輪、神威を使え、生贄には……私がなる」
「そんな、あんた戦って勝つって言ったじゃないか」
金華の申し出を俺は拒む。
「駄目だ、さすがに『禁・物質崩壊』以上のものは禁呪といえどありはしない。
だとすればもう頼みは神威だけだ」
「だからって、金華を生贄になんかできない。
生贄には俺がなる。だから神威はあんたが使ってくれっ」
「日輪、私を生かそうとしてくれる、その気持ちは嬉しい。だが駄目なのだ」
「諦めるなんてらしくないじゃないか。ここには木香だっている。死んでもいないうちに諦めないでくれ」
「ちがう、そうではない。私が使ったあの魔法は、ただ破壊をまき散らすだけのものではない。
近距離でその光を浴びた者を蝕む毒が含まれているのだ。そして、現在解明されている治療方法はない」
その告白に、厳重な防御魔法を敷き詰めていた水仙が唇を噛む。
「至近距離で使った故に、この場を生き延びたとしても、私はもう長くは生きられないのだ」
「そんな……」
「すまんな日輪、嘘をついて。
若者にには良いところを見せておきたかったが、どうにも締まらなかったな。
あるいはおまえに……いや、なんでもない。忘れろ」
金華は言いかけの言葉を呑み込む。
「あとのことは…頼む……」
俺は首をふり彼女の願いを拒絶する。
「いやだ、できない」
「やれ、火音と水仙が苦戦している。彼女らを失ってからでは取り返しがつかなくなるぞ」
「金華、俺は…俺はあんたを……」
「日輪、おまえはこの戦いを生きのびてくれ。そして次の時代を築くんだ。
世界を、人間たちの世界を頼んだぞ」
そう言って、金華はもう一度俺の頭をそのゴツゴツとした義手でなでるのだった。
◇
金華は前王の第一子として産まれた。
彼女の母親は出産の際に命を落とし、高齢だった前王は新しい后を迎えなかった。
そのため、金華は姉弟をもつことはなかった。
幼いうちから王族としての才覚のを現した金華は、女の身でありながらその将来期待され英才教育を施された。
成長し王政を支えた彼女は、やがて戴冠し、婿を取りながらも女王としてあり続ける。
そこには、いくつもの苦難があった。
近隣の国家との争いが絶えなかった。
国をひとつにまとめあげるのは容易ではなかった。
事故を装い暗殺されかけた。
そのせいで彼女は子と両腕を失った。
そして、夫が彼女の元を去ったあとでも、彼女の心は揺るがなかった。
むしろ、乗り越えた困難こそが、鋼の精神を鍛え上げた作り上げたのかもしれない。
いつしか、人は彼女を鋼の女王と呼ぶようになっていた。
俺は金華の心差しの高さに心を震わす。
自らが国の柱となって正義の旗をふり、迷うことなく真っ直ぐ歩き続ける彼女の姿に。
なのに……俺はそんな気高き彼女を生贄として。
黒き槍を身体に刺されながらも、微笑む金華の身体が空に解けていく。
「ああああああぁっ――――――――!!
いくな! いかないでくれっ!!」
神威に吸収されていく金華に手を伸ばすが、もうそれを取り消すことはできない。
そして、俺にのしかかる罪悪感とは裏腹に、手には絶対的な力が赤い槍として顕現していた。
忌まわしき力を捨てるように投げつけると、深界生物は異空間ごと消滅した。
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