07◆鋼の女王c
「水仙、火音、少し時間を稼いでくれ。土星よ、サポートを頼む」
重い金属鎧を外し、汗に濡れた補助着を晒し金華が仲間たちに檄を飛ばす。
その様子をみた水仙が、妖精のごとき容貌を曇らせた。
「禁呪を使うのか」
禁呪とはその名の通り、使用を禁止された呪文のことだ。
一瞬で数多の命を奪う非人道的なものや、使用条件に非倫理的なものを含むような魔法の使用を、国同士の条約によって禁じているのだ。
「この状況下だ、禁呪など関係ない。使える全てを使ってあやつらを葬る」
金華は脱ぎ捨てた鎧に魔法をかけると紡錘型に変形させる。
そして、別の金属で作られた球体を取り出すと、その中へと仕込んだ。
あれを砲弾として深海生物に撃ちだすのだろうか?
その程度のことであれを倒せるとは思えないが、何故だか金華の心配は別のところにあるようだ。
「水仙、発動後の処置を頼む。みなを守ってくれ」
額の汗を拭って呼吸を整える。
どんな術を使うのか知っているのだろう。水仙は重々しくうなずく。
「金華はなにをするつもりなんだ?」
「使うのじゃよ、禁断の魔法を。
本意ではないが、あの魔法の完成には儂も力を貸した。
できることなら、使わぬまま封印をしておきたかったが……アレの使用は神威よりもやっかいかもしれん」
いったい、金華はどんな魔法を使うというのだろう。
「みなの者、これからのことは他言無用だぞ。
それと、日輪と火音のふたりは金華の援護を頼む。儂は防御の準備にはいる」
水仙は周囲に指示を飛ばすと、いくつもの水晶をとりだし魔法の準備をはじめる。
「どういうことだ?」
水仙が攻撃に混ざらないことを火音が疑問視する。
「あの術はこんな近距離で使うようなものではないのじゃ」
「おいおい、あいつまでの距離が近距離だというのかよ」
空に浮かぶ異形までの距離は、対人用攻撃魔法の射程ギリギリだ。
「その通りだ。あの魔法が理論通りの効果を発揮すれば、城一つくらいは消し飛ばす。
いくつかの懸念材料さえなければ、外から城を吹き飛ばしていたところじゃ」
「まさか、そこまで強力な魔法があるってのか?」
「ある。もう一度言うが、この魔法のことは他言してくれるな」
水仙が火音に向かい念を押す。
「こちらの準備はできた、援護を頼む」
金華は自らが作り上げた金属の固まりを抱え、声をかけた。
火音が土星から魔力供給を受けると、再び炎の鳥を呼び出し、深界生物へけしかける。
俺も朧月を抜いてそれに続く。
攻撃は効いているが、ほんのわずかな隙間を縫って、その傷は再生させてしまう。
これではさっきとかわらない。
そこで金華が動きだした。
「いくぞ……『炎翔』!」
金属の塊を抱えた金華は、砲弾の速度で超深界生物を襲撃する。
不気味なナマコ型の深界生物は、その口らしき場所から幾本もの触手を吐きだし迎撃しようとした。
砲弾を抱えた金華は速度を緩めないまま、軌道をズラして回避を成功させる。
だが、砲弾を抱え敵との距離を詰める様子は俺を動揺させた。
「特攻か!?」
「いいやちがう。金華は相打ちではなく、勝利を望んでいる。
危険なことには変わりないがな」
水仙はそう言うが、俺の目には彼女の勝機など見いだせない。
「うおおおっ――――!!」
金華は撃ち出される触手を懸命に回避し、深界生物に迫っていく。
加速は身体にかける負担を増大させ、動きを制御するだけでも並の集中力では行えないハズ。
それでも金華は、勝利をめざし死と隣り合わせの道を邁進し続ける。
その必死の姿をみていた俺は、いつの間にか彼女を応援していた。
「がんばれ、がんばれ金華!」
少しでも彼女の助けになろうと、朧月を振るう手を急がせる。
間近から放たれた触手が金華の肩口をかする。
血が噴き出すにも関わらず、金華の動きが鈍ることはなかった。
そして、ついに金華は超深海生物の間合いへと飛び込む。
「爆ぜろ化け物……『禁・物質崩壊』!」
金華が吼え、手にした金属を手放す。
蓄えられた慣性は金属塊を高速で飛翔させ、深界生物へと打ち込む。
直後、薄暗い空間がまばゆい光と高熱に埋め尽くされた。
俺たちを守る分厚い水の壁が蒸発し厚みを失う。
水仙は苦悶の表情を浮かべながらも必死でそれを維持し続けた。
やがて禁呪の効果が収まる。
上空に鎮座していた超深界生物は、一切の痕跡を残さずに消え失せていた。
俺たちは勝利したことよりも、常識外れな禁呪の威力に茫然とする。
「なんて威力だ……」
勇者一行で最大火力を誇る火音ですら、その威力には目を丸くしている。
これを隠しておきたかったという気持ちはわかる。
魔力が高くとも、金華の魔法技術は高くない。
おそらく条件さえ整えれば、他の者でも再現可能な魔法なのだろう。
水仙が土星の助力を得てようやく防げるほどの威力が、戦場で応酬される戦いなど想像もできない。
そんな不安を余所に、深界生物を単騎で討伐した金華が降りてくる。
自らの魔法の余波を至近で受けた身体は傷だらけで、鎧の下につけていた補助着など見る影もなかった。
あまりの有様に、慌てて木香が治療に入ろうとする。
だが、勝利に高揚した金華は傷の深さも顧みずはしゃいでみせた。
「みたか、これが正義の力だ」
普段の彼女からは想像もできない一面だ。
だが、勝利に酔う彼女にみな共感した。
金華は神威を使用しなければいけない状況を受け入れようとしていた俺に、人間の魔法だけで深界生物を倒せることを証明してくれたのだ。
いつの間にか俺の両目からは涙がこぼれだした。
「どうした、日輪?」
まるで小さい子にするように俺の頭をなでる。
ゴツゴツとした彼女の義手になでられても、不思議と不快じゃなかった。
「金華、俺感動したよ」
彼女を見ていると、月兎子の死にいつまでもいじけていた自分が情けなくなる。
たしかに月兎子の死は俺にとって重かった。
だが、いつまでもそこでとまっているわけにはいかない。
深海生物をこの世界から排除し、未来を繋ぐためにここへとやってきたのだから。
俺はフラつく金華に肩を貸す。
その身体を支えると、とてつもなく大きくみえた身体も木香らと大差ないことに気づいた。
彼女はこんな小さな身体で自国と世界の平和を守ろうとしていたのか。
それに比べて俺は……。
「男の子が泣くもんじゃない。
いやすまん、もう子というような年ではなかったか」
子をあやす母親のように涙を拭う。
「俺はもう諦めない。あんたに力を貸して、あいつらを全部排除してみせる」
「どうせなら、手を貸すではなく、自分の力でと言ってもらいたかったな。
さすがの私もアレを撃つのは骨なのだぞ」
そう言って彼女は豪快に笑って見せるのだった。
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