06◆残されし者b

「どういうことだ?」

 金華が背の低い水仙を見下ろして問いかける。


「確認するが日輪、あれは神威かむいで間違いないな?」

 俺が首肯すると、水仙は眉根を寄せ重い息を吐き出した。


「神威? 神の力?」

 初耳なのだろう、金華は怪訝な顔で復唱する。


「神威とは神の力を宿らせる武器のことじゃ。

 過去に何度か歴史に登場したことがある。儂も古い文献で読んだだけで、詳細までは把握しとらん」


「その言い方、まったく知らないってわけでもないんだろ」

 火音が俺から手を離すと水仙のもとへと移動する。


「一種のコールゴッド……神を召喚するための祭器のようなものじゃ。いくら強力であろうと、その代償の大きさゆえ、簡単には使えん」


「代償?」

「ああ、槍に生贄を与えることによって、神のごとき力を得る。

 そして、生贄はとは命だ。それも勇者レベルの力量をもった人間のな」

 淡々と語られる神威の能力にみなが息を呑んだ。


「それじゃ月兎子は……」

「神威使用の代償となり消えたのじゃろう」

 深界生物に殺されたのではなく、味方である俺に生贄とされたことに勇者たちが絶句する。


「しかし、まさかそれを日輪が神威を所有していたとはな。

 存在すら疑問視されていた神器をどこで手にいれた?」

「兄貴から勇者になったときに、念の為だって渡されたんだ。

 使う気なんてなかったのに」

 地面に座り込んだままの俺は力なく答える。


「なるほど日神か。神威まで所有していたとは、あの男の底も知れん」

 水仙はなにか含むものがあるように言う。


「命が必要なら兵士を連れてくればいい。それで解決だ。

 あいつらだって、化物に食われるよりゃマシだろ」

 自分勝手な意見を火音が押しつけようとするが、水仙がそれをたしなめる。


「勇者レベルの代償が必要だと言ったであろう。誰の命でもいいわけではない。

 そうでなければ、もっと使用され歴史の表舞台に登場しておったハズじゃ」

 額に浮かんだかすかな汗をぬぐい続ける。


「もちろん外に残る人間のなかにも相応の適応者はおるじゃろう。

 だが、あれだけの被害を出しながらここまでやってきたのじゃ。作戦をやり直す力は人類われわれにはない」


「だから俺たちに犠牲になれって?」

深界生物あやつらに、勝てないのであればな」

 激怒する火音に、水仙はまゆひとつ動かさない。


「よく、そんなに平然としてられるな!」


「争いは止めろ、いまはそんな状況ではない」

 火音と水仙の口論を金華が間に割って入る。

 しかし、事実を知った彼女の表情にもやはり戸惑いが見て取れる。


「だが、火音のいう言葉もたしかだ。

 我々は命を賭して作戦に挑んだが、それでも無条件で生贄となれというのは承伏しかねる」


 厳格で崇高な精神をもつ金華すら、命をささげろという要求には迷いをみせる。

 あるいは彼女の命が自分ひとりのものだったら、迷わなかったのかもしれない。


 この戦いに金乃国が投入した戦力はとくに大きく、有用な人材も大量に失っている。弱体化した金乃国が金華まで失ったら、国を維持は絶望的となる。


 人類の未来がかかっているとはいえ、自国の存亡を反対の天秤にかけられれば安易な判断はくだせないだろう。


「だからって、どうすりゃ……」

「…………」


 告げられた事実に火音は怒り、水仙は沈黙を守り、金華も困惑している。

 木蓮と土星は手をとりあったまま脅え、会話に参加しようともしない。


 言い争うにも近い相談を続ける彼女たちを、俺は漠然と眺めていた。


「あの、大丈夫ですか?」

 いつのまにか近づいてきたのか、土星を連れた木香が俺にたずねる。


「ああ、もう大丈夫だ、回復してくれてありがとう」

 そう言って立ち上がり、ズボンについた埃をはらう。

 木香の回復魔法はちゃんと身体の傷を癒やしてくれていた。


「こんなときに言う言葉じゃありませんが、無理はなさらないでくださいね」

 そう言って、木香はどこからか花のつぼみを取り出すと、俺の前にもってきた。


 彼女が短く呪文を唱えると、つぼみが開きさわやかな香りが嗅覚を刺激する。

 その香りが精神の病んだ分をほぐしてくれるようだった。


「ああ、そうだな。もしまた神威を使うことになっても、俺が失敗したら目も当てられないからな」


 我ながら冗談の質が悪い。

 自嘲するように笑うと、視界が横に動いた。


「そんなことを言ってるんじゃありません」

 頬を叩くかれたと気づくまで、幾ばくかの時間を要した。


「たしかにわたくしたちには命を賭けてでも人類を救うという役目があります。

 でもそれは、ご自分の命をないがしろにしていいってことじゃないんです」


 おそらく、木香の主張は正しいことなのだろう。

 それでもその言葉は穴が開いたままの俺の心には響かなかった。


「さすがは木乃国の『死の行進デスマーチ』。言うことがちがうぜ」

死の行進デスマーチ?」

 嫌みったらしい口調の火音に俺がたずねる。


「どんな重傷者も立ち上がらせて、繰り返し戦わせる手腕からついた通り名だよ。

 そいつにかかれば、手をなくしても、足をなくしても何度でも蘇り、戦場をさ迷うことになるのさ。

 俺たち火乃国が木乃国から軍を引いたのは、そんな連中と戦うのを兵が恐れたからさ。まったくたいしたもんだぜ」


「そんなつもりは……」

 しゅんとする木香を守るように土星が間にはいり、眼鏡ごしに火音をにらみつける。

 その姿は母親を守ろうとする幼子のようでもあった。


「おっとと、俺が悪かったよ。謝るから許してくれ」

 意外にも火音は簡単に引いてみせる。


「こんなことで恨みを買って、戦闘中にいきなり援護を切られたりしちゃ敵わねーからな」

「土星はそんなことしません」

 火音の言葉に木香が反発する。他の者ならすると言うのだろうか。いや、考えすぎか。


「意見はまとまらぬか。

 だが、いつまでもここで立ち止まっているわけにもいくまい。そろそろ進んではどうだ?」

「そうだな」

 水仙の提案に、一行のリーダーである金華が力なく同意する。


 俺たちは月兎子を失い、ぎこちない空気のまま、先を目指すこととなった。

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