05◆最初の勝利b

「くそっ」

 一瞬、意識を失いかけながらも、俺は痛む身体を立ち上がらせる。

 見るといまの一撃で雷神と火車は折られていた。


 俺は激痛に耐えながらも自らの口に霊薬エリクサーを流し込むと、新たな魔剣をマントの内側から呼び寄せる。

 それと同時に仲間の安否を確認した。


 周囲に立っている者はいない。

 誰もがさきほどの一撃でやられたらしい。

 仲間の安否を気遣う俺だが、自分だけが立っている理由に気づき絶句する。


 俺のすぐ側で月兎子が倒れていたのだ。

 本来なら、物理攻撃を透過できる彼女が傷つき倒れる理由などひとつしかない。

 月兎子は俺を守るために我が身を犠牲にしたんだ。


「月兎子!」

 慌てて彼女を抱き起こす。

 微かに上下する胸が彼女の生存を証明しているが意識はない。


 手持ちの霊薬エリクサーを使ったことを後悔しながらも、回復者ヒーラーである木香を呼ぶが、返事はなかった。


 あたりまえだ。

 さっきの攻撃で、俺以外に誰もが行動不能になっている。


 頭上には大蛸型の超深界生物。

 そのその周りには小型とはいえ無数の深界生物。

 俺ひとりではあの中の一匹に勝つことすら難しい。


――つまり勝機はない。


「俺たちはこんなところで終わるのか?」

 大勢の兵士を犠牲にし、一カ所の魔力拠点を破壊することもできぬままに。


「まだよ」

 悔しさに膝を折る俺の言葉を、意識を朦朧もうろうとさせたままの月兎子が否定した。


「気がついたのか月兎子。大丈夫か?」

「うんうん駄目みたい。日輪くんの顔が見えないわ」

 その目は開いているのに、焦点が合っていない。


「駄目だなんて簡単に言うな。いま木香を見つけてくる。彼女ならそんな傷、すぐに治してくれるさ」

 月兎子から血液が流れるほどに、肌から命の色が抜けていく。


「月兎子のことはいいから、日輪くんは日輪くんにしかできないことをして……」

 普段の口調にもどった月兎子に嫌なものを感じる。


「駄目だおまえの傷を治すのが先だ」

「わがままを言わないの、日輪くんは日乃国の勇者でしょ。世界を守るために日神くんを倒してその称号を手に入れたんだから、ちゃんと役目を果たさなきゃ……」


「だが、どうやって」

 俺は体温の消えていく月兎子の身体を、温めるように抱きしめ問いかける。


神威かむいを使うのよ」

 その言葉に俺は心臓をえぐられたような衝動を受けた。


 兄貴から受け継いだ呪われた槍。

 絶対に使わないと決めたソレ・・はマントの最奥に封印してある。


「無理だ、俺には神威を使うことなんてできない」

「できるわよ。だって日輪くんは強いもの。日神くんにだって勝ったじゃない?」

 俺と一緒に神威の使用条件を聞いていたハズの月兎子が、その使用を願う。


「それにね、実は月兎子には見えてるんだ。日輪くんが神威を手に世界を救う姿が……とってもカッコよかったよ」

 世界を救う。月兎子は励ますようにそんな予言を俺に告げる。


「俺には……できない」

 それでも首を振り拒絶するが、月兎子は主張をゆずらない。


「私の命を、あとわずかな命を使っていいから……ね?」

「嫌だ、あんなものを使うくらいなら、俺は神威を折る」


 神威の力。

 その力を発揮するには、生贄を捧げなければならないという。

 仲間を、それも月兎子の命を捧げてまで、俺は人類の未来が欲しいだなんて思わない。


「駄目だ、月兎子は生き残るんだ」

「おねがいよ。日輪くん、あなたは世界を救う勇者になって……」

 訴える彼女の顔からドンドン温もりが失せていく。


「木香、土星と来てくれ頼む!

 水仙でもいい、月兎子を救ってくれ!

 火音、金華、霊薬エリクサーは残ってないか!」


 俺は腹の底から声をはりあげる。

 だが、仲間からの返事はひとつも返ってこなかった。


「聞いて……仮に私が助かったとしてもあの巨大な深界生物の相手には役に立てないわ。だったら、最後に役立たせて」

「自分の命をそんな風に語るんじゃない」


「でも、ね……弱い者は死ぬしかないの。彼らに勝てない私たちは…もう……。おねがいだから、月兎子に日輪くんをたすけ…させて」


 だが、しかし……。


「は…やく……」

 月兎子がその瞳を閉じる。


 失われいく命を前に、俺は決断せざるをえなかった。

 歪む視界に写る月兎子に二叉の槍を突き立てる。


「うああああああぁ!」


「ありがとう、ごめんなさい。好きよ……」

 それが月兎子の最後の言葉となった。

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