04◆勇者の力b

 小休止を終えると、再び人造の馬を走らせ移動する。

 やがて、森を抜けると拓けた場所へと出た。


 俺たちは予定の場所で足をとめると、これから大勢の人間が死ぬであろう戦場を一望する。

 天乃国の元首都を中心に広がる広原には、大陸連合軍が展開している様子がうかがえた。


 その数なんと十五万。

 兵を集めるよりも、それを支えるための兵端を整えるほうが困難だったろう。


「こちら金華だ、日神聞こえるか?」

 金華は手にした長方形の通信機を耳にあてると、遠方の部隊を指揮する兄貴に呼びかける。


『ああ問題ない。こちらの準備はすでに整っている。そちらはどうだ』

「こちらも予定地点にたどり着いたところだ」

『ならばこれより作戦を……』


「まってくれ、兄貴!」

 攻撃の開始を告げようとする兄貴の言葉を、俺は遮ってしまう。


『……なんだ、日輪』


 深界生物の来襲により熟練兵は失われており、戦場に集められたのは食料目当てで集った新兵ばかりである。

 出身はまちまちで練度も低い。ロクに連携をとることもできない様子は、烏合の衆と呼んでも差し支えないほどだ。


 深海生物と対面して、彼らが生き残れる可能性は限りなく低いと言わざるをえない。

 それは織り込み済みの損害であるが、人間の命をそんな単純に数えていいものか。


――勇者である俺たちが先陣をきれば、被害は間違いなく軽減できる。

 だから俺たちを先陣に行かせてくれと願い出ようとする俺を、金華が目で制した。


 ただでさえ、俺たちに課せられた合計5つの拠点破壊は困難なものだ。

 兵隊たちの支援がなくなれば、それだけ難易度は大きくなり、それは同行する仲間たちの生存率を下げることにもなる。


「すまない、なんでもない。兄貴……死ぬなよ」

 俺は自らの願いを喉の奥へと押しもどす。


『もちろんだ。日輪、おまえこそ生きて帰れよ』

「ああ」

『それでは、これより作戦を開始する。武運を祈る』

 通信が切れると、城壁を挟んだ十五万人の大軍勢が動き出した。


 部隊の一部が本隊から離れ、堀に囲まれた城壁へと近づいていく。

 その足取りは近づくほどに重みを増していく。


 誰もがすぐにでも逃げ出したいと思っているにちがいない。

 それでも兵たちは己の自制心を律して前進を続ける。


 そして、兵たちが城壁まで一〇〇メルトルの地点まで近づくと、それは城壁の上から顔をだした。


 深界生物だ。


 腐った汚物のような暗い色を基調としながら、ところどころに極彩色を組み合わせた不気味な配色。腰の曲がった魚のようなものや、頭ばかりが極端に大きくなった魚。海老や水母くらげに似たものもいるが、どれも歪にゆがんでいて、この世界の生物とはことなる形状だ。

 小さいものでも十メルトルを超え、大きいものになると三十メルトルもある。

 そしてヤツらは水の中ではなく、大気の満ちた宙を泳ぐように飛んでいる。

 どの固体にも目がついていないが、どこで人間や仲間を感知しているのかすら定かではない。


 その異貌が現れたとたん、兵士たちから平常心は消え失せた。

 重々しい金属鎧に身を包んだ、金乃国の部隊長が撤退の指示をだすよりも早く兵士たちは逃走を開始する。


 しかし、それはかえって相手の気を引くこととなった。

 動きに刺激された深界生物どもが、肉食魚のごとく兵たちに襲いかかる。

 最初に食われたのは、なんとか秩序ある撤退を目指そうとした部隊長だった。

 だが、彼の部下たちは、自分たちの隊長が食われていることに目もくれず本体へと向かって逃げ惑う。


 運悪く転倒した兵士は、後ろからきた沢山の味方に踏まれ傷つき、動けなくなったところを深界生物の口に呑み込まれ咀嚼される。

 巨体を赤く汚しながらも異界の化け物は新たな餌を求め次の兵士に食らいつく。

 人類の希望を掴むための戦場は、わずかな時間で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変化した。

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