03◆決戦前c

 日も傾いた頃になると、ようやく長い会議が終わった。


 なんとか各国ができる限りの支援をすることで合意したが、たったそれだけのことを決めるのに、ずいぶん時間と労力をかけたものだ。

 それでいて、大した成果があがったようには感じられないのだから酬われない。


「よー、不満そうだな」

 声を掛けてきたのは会議の途中から居眠りをしていた火音だった。彼女は大柄の身体を俺の近くに寄せてくる。

 会議室の一件はあとを引くかと思ったが、さっぱりとした火音に気にした様子はない。


「別に、そんなことはないさ」

「各国の不和にウンザリしてるんだろ。顔に書いてあるぜ」


――各国というよりも火乃国の外交官にだけどな。

 そう思いつつも言葉にはしない。

 しかし、火音は俺に構わずに話を続けた。


「だったら、いい手があるぜ、どうだ聞くか?」

「……なんだ?」


 火音はたくましい腕を俺の肩にまわし、体重を預けてく

る。

 そして耳に顔を近づけると、こう囁いた。


「おまえが集まった勇者を全員口説き落とせばいいんだよ。

 金乃国以外、どいつも死んでも惜しくねー人材ではあるが、それでも有力者にはちげーねー。

 勇者として世界を平和に導けば、救国の英雄として名声はあがり国内での発言力は間違いなく強まる」

 だからこそ、自分は勇者に志願したのだと火音はつけ加える。


「おまえがそいつら全部をまとめて、世界を平和にしようと誘導すればいい。

 さすがに国同士の境界を失くすまでは出来ないだろうが、上手く立ち回れば戦争を減らすことくらいは十分できると思うぜ?」

 なるほど、各国の要人との繋がりが強くなれば、確かにそれは可能かもしれない。


「それによ、おまえだって男だ。ハーレムに興味がないわけじゃないだろ?」

「そ、それは……」


 たしかにお姫様然とした木香は可愛いし、月兎子にも芸術品のごとき美しさがある。

 火音も男勝りな面が悪目立ちしているが、顔立ちは整っていて真面目にしていれば美人だ。

 でも、金華は夫を亡くしているとはいえ既婚者で二十近くも年上だし、土星は会話をすることすら難しい。

 実際の年齢はどうあれ水仙なんて幼女にしかみえない。というかあれで百歳越えとは、彼女は本当に人間なのか?


 このメンツではさすがにハーレムは無理だろう。

 考え込んでいると、突然、ケツに痛みが走った。

 振り返ると、ニッコリと笑う月兎子がいた。


「なにか楽しそうなことを考えてるみたいね、日輪」

「おっと、彼氏借りっぱなしですまなかったな」


 月兎子に無表情いかりに気づいた火音は、すかさず俺から離れ距離をとる。

 猛将と名高い彼女だが、引き際はちゃんと心得ているようだ。


「じゃ、さっきの件、考えておいてくれ」

 そう言って、背をむけると片手をあげて立ち去っていく。


 ハーレムねぇ。

 チラリと月兎子をみる。

 ハーレムは冗談にしても、他国の勇者たちと交流を深めるのは悪くないだろう。

 作戦を進めるにも有効だし、後々のことを考えるならばなおさらだ。


 だが、そんなことを勧めて火音にはなんの得があるんだ? 世界平和を祈っているタイプには見えなかったが……。


 火音の立ち去った方をみると、こんどは頬に痛みが走る。


「日輪、キミはおっぱいが大きければ、相手は誰でもいいのか?」

「ひょんなんじゃない。ひゃら彼女にちょっと相談ひゃれたらけだ。ひょれに月兎子の胸は小さくても魅力的だから」

 俺は頬をつねり上げられながらも、弁解する。


「うん、決めた。今日の夕食は日輪の生き肝にしよう。今日は疲れたからしっかり精をつけないとね」

「あのー、月兎子さん?」

 頬から手は離されたものの、俺は彼女の機嫌とりに失敗したことを悟った。


「さすがに、そんなことをされると危険が危ないんじゃないかな~?」

「大丈夫、半分は残しておいてあげるから。足りない分は、得意の根性で補うといいわ」

 そう言って繰り出された短剣を回避するのは、至高の剣匠サプレマシィ・ソードマスターをもってしても至難の業だった。



「ふふっ、やっぱりふたりは仲がよろしいのですね」

 月兎子のイタズラからなんとか生き延びた俺に、声を掛けてきたのは木香だった。


 緊張した会議を和ませた手法は柔らかだったものの、その人心の把握術はどこか老獪さを感じる。

 味方としては頼もしいかぎりだ。


「すみませんが、土星をみませんでしたか?」

 姿を見ないと思ったら、本当にあの場にいなかったのか。

 一応勇者たちは、全員参加と要請されていたハズなんだが。


「わたくしは、これから日神様と、もう一度各国の代表のもとへまわらなければならないので……、あの子すこし頼りないところがあるので、少し気にしてやってもらえますか?」

「ああ、わかった」

 木香の頼みを俺は快く引き受ける。

 とは言っても、彼女の行きそうな場所なんて思いつきもしないが。


   ◇


 土星の姿は浜辺で見つけた。

 小柄なローブ姿は土星に間違いない……と思う。

 抱えるほどに長い木の棒を手に引きずりながら、人気のない砂浜をフラフラと歩いている。方向も定まらぬまま歩く姿は心に病を抱えた者のようであり、飼い主に捨てられた小犬のようにもみえた。


 その姿を不審に思いながらも、俺は声を掛ける。

「よぉ、なにしてんの?」

「…………」


 俺に気づいた土星は足をとめ顔をあげる。

 そして、分厚いレンズごしに俺の顔を見つめるだけでなにも言わなかった。


「日輪だよ、まさかとは思うけど、忘れてないよな」

「……うん」

 土星は首を前に倒すが、本当なのか怪しい。


「で、なにしてんの?」

「……え」

「え?」


 言われて彼女が担いだ棒で引いた線を観るが生憎と俺にはそれがなんなのか判別つかなかたった。

 だがしかし、一度土星から離れ、砂浜一面を見ると、それが描きかけの美しい少女の顔であることに気づいた。


「すげー」

 絵に疎い俺から観ても、その絵は上手いものだった。なにより、足下もろくに見ずにこんな絵が描けるのか不思議に思った。


「これは木香か?」

「うん」


 そこではじめて会話がかみ合った気がした。

 だが、風が強くなると、大きな波が訪れ、その絵を流してしまう。


「残念だったな」

 失われた芸術にそう声をかけるが、土星は懲りることもなく、またもくもくとまた棒を引きずり線を引いていく。

 そんな姿を俺はしばらくながめていた。

 ずいぶんと仲が良いようだが、木香と土星はどういった関係なのだろうか。

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