03◆決戦前b

 張り詰めた空気を溶かすように、一瞬会議室が花の香りで満たされる。

 その中心にいるのは、淡い金髪の少女――木香だ。


「まあまあ、みなさま、そんなにイガミあわずに。我々は争うために集まったのではないのですから」

 彼女の微笑みには、それだけでギスギスした空気を和らげる効果がある。


「そうです、みんな怖い顔などせず、仲良くしましょう」

 月兎子も木香の言葉に賛同する。


 若く、女であっても勇者。

 それでいて美形のふたりに言われると、男たちの角もいささか丸みを帯びる。

 そこに金華の威厳ある言葉が後押しをした。


「その通りだ、我々は言い争いをするために集まったのではない、互いに協力し生き延びるために集まったのだ」


 プライド高い火乃国の外交官もさすがに、金華に直接文句を言えるほどの胆力は持ち合わせていないようで言葉を詰まらせる。


「そうじゃのう、儂としても各国の在り方にはひとこと言いたいものはあるが、いまだ勝ち取っていない未来について語るような愚行に付き合う暇はないのう。

 こうしている間にも人類は深界生物に襲われ、その数を減らしているのじゃから。さて、深界生物からの被害を一番受けているのは何処じゃったか」

 水仙が幼女の姿で毒を吐く。


 王ではないが一〇〇年を超える年月を生きたという彼女は、この場にいる誰よりも年長である。

 さらに、見た目はどうあれ四神にして大賢者であるという肩書きが反論を封じている。


「とにかく、人類の命運のかかったこの戦いに、個人や国家の争いは後回しだ。

 一丸となって、この困難に立ち向かわねばならない」

「だが、民を飢えさせるわけにはいかん」

 金華の強言に火乃国の外交官が一矢報いようと言葉を振り絞る。


「ならば作戦を先延ばしにするかのう? 人民が減れば飢える心配も多少は減るかもしれんからな。

 お主らの国は人民が多い故に忘れておるやも知れぬが、次に奴らに食われるのがお主に縁のない者とは限らぬのだぞ。

 それでも動かないつもりか? あるいは貴国は、国力を温存し他国が疲弊した隙に侵略をする予定でも建てておるのかのう?」


 真冬の水のように水仙の言葉と視線に火乃国の外交官が胆を冷やす。

 どう考えても単なる役人では四神を相手にするには役も役者も不足している。

 その隣では自国の外交官のしてやられる姿に、火音が笑いを堪えきれずにいた。


 実際、他国も水仙の指摘を考えている者が多いはずだ。

 火乃国が勇者として送り込んできた火音は五頭竜とよばれる火乃国の将軍の一角で、確かに強力な戦士だ。腕に問題はないだろう。


 しかしながら、わずかな交流をしただけでも彼女の性格の難は感じとれる。

 四神である火狼は歳を理由に戦場にでてこないのは仕方ないにしろ、政治的な後ろ盾のない彼女を、この戦いで使い捨てようとしているのではないかと邪推するのも無理はない。


 もっとも、そんなことを言いだしたらキリがない。

 金乃国は国王が自ら出陣していることから、その本気を疑いようはないが、他の国は難しいところだ。


 月兎子は王族で戦闘力もあるが、月乃国では王位継承権を持たない女である。

 嫁ぐことが決まっている彼女を、日乃国主体で行われる作戦の犠牲にしても友好は保てると計算しているかもしれない。


 水乃国とて四神にして大賢者という有力人物を派遣しているが、彼女が軍事に手を貸したりしないことは周知の事実だ。

 水乃国としては通常の戦いでは使用できぬ彼女を、この機に有効利用しようと考えている印象がある。


 木乃国と土乃国もそうだ。

 彼女たちの力量がどれほどかはまだわからないが、若い娘たちだけの出陣というのは疑問が残る。

 むしろ、火乃国が力を温存しているのに、彼らが全力をだしているとは考え難い。


 だが、日乃国も他国からすれば、同じように見えるだろう。

 四神であり、王でもある兄貴が出陣せず、急遽、弟の俺という代役を立てたのだから。


 実際、いままで国政に関わることを避けていた俺が勇者に志願したのも、兄貴に万が一のことがないように、という想いもある。


 火乃国と金乃国に次ぐ軍事力、そして月乃国との濃厚な同盟関係があるとはいえ、日乃国も火乃国と隣接している。

 この件で国力を落とし、隙ができれば侵略を受けることになりかねない。


 兄貴にもしものことがあれば、火乃国の侵攻を俺の手だけで防げるとは到底思えない。

 だからこそ、あそこまで強引な方法をもちいてまで勝ちにいったんだ。少なくとも俺に彼らを責める権利はない。


 それに……。

 兄貴から譲り受けた黒槍が脳裏をかすめる。


 万の武器を使いこなす兄貴をもってして、最悪と言わしめる神威は、いま俺のマントの一番深いところに封印されている。


「顔色が悪いよ」

 心配そうに月兎子が俺の顔を覗き込む。


「いや、なんでもない」

 俺は頭の中を入れ替え、月兎子に微笑んでみせる。


 神威のことは忘れてしまおう。あんなもの使わなくても、俺たちの力で異界門を破壊すればいいだけの話だ。

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