02◆勇者集結d

 一通り皆の紹介が終わり、ここで疑問がひとつ生まれた。

 同じ疑問を持ったのだろう月兎子が、指を折りながらそれを声にする。


「あれ? 火音くん、水仙くん、金華くん、木香くんで四人、あと月兎子と日輪くんだから……」

 七人にはひとり足りない。


「いやですわ、そこにちゃんといるじゃないですか」

 小首を傾げる月兎子に、木香が顔をまわして告げる。

 その視線の先には、フード付きのローブを頭からすっぽりと被った人物がいる。


 木香とおなじくらいの背丈で、華奢な体型から察するに女の子だろう。

 フードの奥には伸びた前髪と、分厚いレンズの眼鏡が見え隠れしているだけで、その顔立ちまでは判別できない。 

 それどころか、少しでも注意を逸らすと見失ってしまいそうだ。隣りに華やかな木香がいるのでなおさらだ。


「彼女は我が木乃国の友好国である土乃国どのくにの芸術家、土星どせいです」

「僕、土星……です」


 フードの奥からボソリと漏らし、わずかに頭をさげる。

 短すぎる挨拶が終わると、沈黙が流れた。


「土星くんは芸術家なんだ?」

 少しでも話を膨らませようと、月兎子が声をかける。

 だが、その問いに答えたのは土星本人ではなかった。


「土星はすごいんですよ。まるで生きてるみたいな像を造るんです。絵もとっても綺麗ですし……」

「そんなんで戦えるのかよ?」

 少々場違いな褒め方をする木香を火音が遮る。

 だが、おなじ疑問を俺たちも持っていた。


「それはもちろんですわ。でなければ誰も彼女を勇者とはお認めにはならないでしょう?」

「彼女には我々が認めるだけ力があると?」


 どうやら金華も土星の素性は知らないらしい。


「はい、土星は竜脈の使い手です。彼女の助力を得られるのならば、私は『死』以外のあらゆる状況から人を癒やしてみせますわ」

「なんと、その娘は竜脈から力を引き出せるというのか」

 木香の説明に、金華と水仙のふたりが驚き椅子から立ちあがる。


「竜脈ってのは、大地を巡る力のことだろ。それがそんなにスゲーのか?」

 俺と同様に、その有用性を理解できない火音が疑問の声をあげた。


「竜脈を簡単に説明するならば、確かに大地を巡る力だ。

 だがな、火音。その力がいかほどであるかおまえに想像できるか?」

「いや」

 金華の問いかけに火音は首をふる。


「ならば、地震を思い起こしてみるといい。あれも竜脈の力の一端だ。

 あの大陸全土を揺り動かすだけの力を個人で生みだすことは何者にもできん。

 その力をこの娘は操れると言っているのだ。それはどれだけ凄まじいことか」

「つっても、いくら強くたって深界生物は倒せないだろ」


「そうですわね、土星は竜脈の力を攻撃に転ずるのは上手くありませんわ」

「ほれみろ」


「ですが、彼女がその力を皆さんに魔力として供給できるとしたらどうです?」

「人間の身としては、強大な魔力を無尽蔵に供給されるに等しいな」

 問いかけに、淡々と答えたのは水仙だった。


「魔力の無限供給だって?」

 直接的な魔法は使えないが、俺だって火車を使うのに魔力は利用している。

 故に、その力のすごさにようやく思い当たった。


 火車を使うにあたって、生じる疲労をいっさいなくし、さらに威力を高めてくれるというのであれば、それは凄い戦力だ。

 魔法を使う連中にとっては、その恩恵はさらに大きいだろう。


「おい、それ本当なのか?」

 驚いた火音の問いかけに、フードをかぶったままの土星は小さく肯定の仕草を示す。


 木香の陰に隠れた少女に、みなの視線が集中する。

 そんな大それた力の使い手には見えないが、木香と結託して嘘を吐いているようにも見えない。

 だが、それが本当なら俺たちは魔法を無制限に撃てることになる。これ以上の援護はそうそうないだろう。


 半信半疑な面はあるが、誰もが土星の有用性をみとめた。


「まぁ、とにかくこれで七人がそろったわけだ」

 俺はそう話をまとめ、月兎子とともに残る円卓の席を埋めた。


 改めて、全員の顔ぶれを見渡す。

 これまで交流がなかった者がほとんど、中には戦場で相対した者もいるだろう。


 表面上には現れていないが、木乃国や土乃国には火乃国に何度も侵略を受けた過去がある。

 近年では、その矛先が天乃国に向いていたとはいえ、簡単に水に流せるものなのだろうか。


 金乃国の王である金華とて、長年対立していた火乃国と手を取り合うのに抵抗がないハズがない。


 水乃国の水仙は、国政に関わりを持たないが、それでも窮地の元凶となった火乃国には言いたいことがあるにちがいない。


 複雑な感情の渦中にいる火音は、そのことを気にする素振りを欠片も見せていないが、その底意はどうなっているのか。


 それぞれが胸中に複雑な想いを持ちながらも、それを開示することはない。

 それでも、俺たち七人は力を合わせなければならないのだ。

 人類の未来を異貌の生物たちから勝ち取るために。


 それにしても……円卓についた、俺以外の六人が六人とも女とはな。さすがにこれは予想外だ。


 むさい男ばかりも考えものだが、女ばかりに男ひとりでは肩身が狭い。

 それに国王や大賢者とお姫様に女将軍と、みな俺よりも地位の高い連中ばかりである。


 芸術家の地位はよくわからないが、月兎子だって月乃国の大使で王様の娘だ。

 王位継承権こそ第一位なものの、賢王の愚弟としか評価されない身としてはなんとも居心地が悪い。

 だが、恐縮する俺に月兎子は冤罪を被せるように言う。


「日輪、なにをデレデレしてるの?

 君には月兎子がいるのだから、目移りなどする必要はないでしょう?」

「おい月兎子、スイッチ切れてるぞっ……て、痛いって」

 尻をつねりあげる月兎子を、俺は情けないほど必死になだめる。


「あら、おふたりとも、とっても仲がよろしいのですね」

 そんな俺たちの様子を木香がのほほんと笑った。

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