第12話 時間なんて気にするな

「矢茂、いい加減にしろ。仕事が遅すぎるぞ」

 スーパーホワイトアスパラ中央店にて、恒例の行事が幕を開けた。上司の室町が目を尖らせて怒っている。店内は夏物商材であふれているのに俺はクリスマスツリーの飾りつけをしている。おかしいのか?


「雲の位置はもうすこし南東の方がいいんですよ。ね?」

と思ったのだけどもしかすると南西の方がいいのかもしれないと思いなおして雲の位置を数ミリずらせてから、客観視するために2メートル離れてツリーを見つめる。もちろん両手の人差し指と親指を使ってキャンパスを作ってそこから覗く。


 しかしいい加減にツリーにかかずらわっていても、また上司の叱責が飛んでくるかもしれないと思い。アングルが気に入らなくて放置していた七夕売り場の飾りつけコーナーに向かった。構想1年、構築2年の大作である。見ると七夕の笹が埃をかぶっていた。手持ちのクリーナーで埃を落とすと昨日徹夜で作ったお星さまを飾る。

「うーん。もう少し弾けたほうがいいかな」


 そこで俺は先ほどのクリスマスツリー売り場から点滅する電気を持ち出して七夕飾りの周囲にめぐらせた。店内の照明を落とすと七夕飾りは怪しく点滅した。店長に叱られる前に俺は店内の電源を付ける。もう少しアクセントが欲しくなり、青果売り場からくすねたエリンギを吊るした。ばっちりだ。


「矢茂、こちらが甘く見てたら付けあがりやがって」

ふと後ろを振り向くと、上司の数千倍は怖い店長が顔面をマグマのように真っ赤にして飛び掛からんとしている。俺は普段肌身離さず持っている家系図をちらつかせた。


「店長、いいんですか。俺の祖先はアダムとイブなんですよ」

店長は握っていた拳を引っ込めたものの怒りは全身に及んでマッサージ機のように震えている。クリスチャンの多い職場なのでこの脅しはかなり効果がある。俺は脱兎のごとく店長から逃げると、現在取り掛かっているもう一つのアート、節分売り場へと向かった。


 節分売り場では身長3メートルの巨大な鬼が、某国の独裁者ですらびびらすような形相で周囲を睨みつけていた。大型の予算を組んでハリウッドに特注した鬼である。あまりにも怖すぎて周囲には警備員すら近寄らない。


 俺はその鬼を眺めて、うっかり目があってしまった。失神しそうになるのを胆力でこらえて、なるべく視線を合わせないようにして、山のように積まれた節分の豆のマスを組み替えてみた。いまいちレイアウトに納得しない俺は、節分売り場をあとにして、もうひとつ力を入れているお正月売り場へと足を運んだ。


 この売り場に来るのは勇気がいる。もしかするとあの家系図をも恐れぬ社長が目を光らせているかもしれない。社長は異教徒だった。しかし、いくら社長が不満をため込んでいたとしても俺は全身全霊をかけて4年越しの正月売り場を完成させる使命がある。それが俺がスーパーの店員として生きてきた証になるのだから。


 売り場に足を踏み入れて、俺は驚きのあまり腰からへたり落ちた。精魂込めて飾った門松や凧が消えていて、サーフボードを片手にしたマネキンが生ビールで乾杯しようとしているのだ。

「くそ。俺の芸術作品をどこへやった」

「馬鹿者。今の季節を考えんか」

ふと、声のする方を振り向くと、そこには邪悪な仏像のような表情を煮えたぎらせていた社長が俺の瞳孔を外すことなく射貫いていた。


その後何があったのか覚えてはいない。


 気が付くと俺は安アパートの一室にいた。この日あった出来事は夢なのだろうか。俺が精魂込めて作った売り場作品はもう俺の頭の中にしかない。ふと手を見ると大量の白髪を握っていた。社長と格闘したことをこの手は物語っていた。そうか、俺は自分の作品への矜持を守るために最後まで抗ったのか。俺は安堵した。

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