第11話 見えない人の話

 世の中には間の鈍すぎる人というのがいるもので、そういう人はだいたい歩いていて電信柱にぶつかったり、下駄箱に入っているラブレターをラブレターと気づかずに教師に提出したりする。恋溜角助こいだめつのすけもそんな鈍くてとろい男の一人だった。


 誰もが近寄らない逆パワースポットとして知られている刑場の跡地にかわいい猫がいたせいで立ち寄ってしまった角助は自分の頭から60センチぐらい先に生首がグルんグルんしてるまま会社に来てしまった。会社のドアを開けると、社長室にいるはずのシャムネコがなぜか玄関にいて全身の毛を逆立てながらギャーギャー泣いている。でも角助はおかまいなしでタイムカードを押すとぬらぬらとした血がタイムカードにべったりついていた。しかし角助は鈍すぎて異変に気付かなかった。


 総務課のドアを開けると「助けてぇー」とドアが泣いた。いや、ドアがきしんだだけかもしれなかったが明らかに人の声だった。でも鈍い角助はまったく意に介さずに自分のデスクに向かって行った。会社内にはOLがお茶を入れていたのだが、茶柱が50本単位で立ち、華麗なワルツを踊った。

「きゃー!何よこれ」OLはびっくりしてお茶椀をひっくり返したが、宙に舞ったお茶は奇跡的にというか異常なまでに天井に口をむけて立ち湯呑にお茶が一滴も残らず注ぎ込まれた。あまりにも驚くべき怪異が巻き起こっているというのに角助は平然と席に座って、聖子が差し出したお茶を平然と飲んでいる。その対角には、一番に出社してきた男性社員が、角助の頭上60センチを指さして金縛りにあっていた。恐怖のあまり彼は半分幽体離脱中で顔が二重に見えた。


「な、生首が踊っている」

「なにそれ夢でも見てるんですか。ははは」


 男性社員は、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。直後会社のパソコンの電源が勝手に入って、ネットで有名なグロ画像が続けざまに画面に表示された。角助は顔をしかめるとノートパソコンをたたんでしまった。


 あたりを見回すと、二人とも泡を吹いて倒れていて、4番目に出社した新入社員が宙を見つめたまま悲鳴を上げている。可哀そうに、新入社員同期の中でも一番勘が鋭いと言われていた彼は、もろにあれこれ禍々しい物を見てしまったのだろう。みるみるうちに彼の人相が古風になり、まるで戦国時代のもののふのような顔つきになって、怒鳴り始めた。憑りつかれてしまったのだ。

「ワシは桓武平氏の子孫、時田宗十郎為永。いわれなきそしりを受け、無実の罪を着せられて幽閉される事十五年、やっと外に出れると思いきや濡れ衣を着せられて首をはねられた。この恨み千年経っても忘れぬぞ」


 とつぶやいているのだが角助は歴史の知識が全くなかったので彼が何を語っているのか全く理解できずに、のんきにお茶をすすっていた。やがてもののふの怨霊は語りつくして疲れ切ったのかそのまま寝てしまった。


 その後、会社の中にはどこからともなく現れたゾンビがスリラーを踊ったり、ツタンカーメン王の棺が宙を舞ったり、惑星が直列したり、UFOが10編隊で飛行したり、人面魚がウーバーイーツで届けられたり、フリーメンソンがのぞき込んだり怪現象の大博覧状態になってマスコミが飛んできたのだが。外部の事だったので角助は気づかなかった。


「いやあ、今日も平和な一日だな~」

「馬鹿者、人の苦労を何だと思っておる」

見ると角助の後ろにいる謎のお侍が、怒りのあまりに目を見開き奥歯も見よとばかりに口を開いて怒鳴り始めた。肩には刀傷、胸は屋に数本打ちぬかれていて満身創痍である。


「少しは守護霊の身にもなってみろ! お前が生まれてからずーっと危なすぎる心霊スポットに立ち入って、もうワシは我慢の限界だ」


 といっても鈍いことこの上ない角助には当然守護霊の声も届かず、何事もなかったかのように退社してしまうのであった。

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