第10話 残り物には福があった

 男余りなんである。理由はよくわからないが戦争がないので男が余ったという説が有力である。そのせいで、未婚の非モテ男性がうじゃうじゃいるのが今の世の中になってしまった。とにかく、何が原因かわからないが彼らはモテない。空前絶後的にモテない。絶体絶命的にモテない。史上最大的にモテない。夜郎自大的にモテない。書いてて悲しくなってきた。


 「彼女が天から降ってこないかなぁー」と嘆くのは、河童頭好色太かっぱあたまこうしょくた46歳である。そんな名前を付けた親が悪いのか、それとも本人が悪いのか。中肉中背で小太りで頭がやや薄いどこにでもいる中年男の彼は、とにかくモテなかった。


 彼は居酒屋に行く金もなかったので自宅の子供部屋で安い酒をあおる。つまみは、甘い甘いイチゴのロールケーキ。この味覚中枢が少し狂っているおっさんは、突き出た腹をさすりながら、世の中に呪詛の言葉を吐くのでもなく、ただただテレビのアニメキャラにうつつを抜かしているのであった。たぶん、10代前半のアニメキャラに恋心を抱いているのだろう。二次元だったら結婚できたかもしれないのにね。


 そんな非モテ男性が街のあちこちらにいる。彼女を求めても叶わなかった青春の残滓をすすりながらも、このつまらない世の中で辛い労働にいそしみながらも生きている。かたや別の家ではイケメンの旦那様が帰宅すると妻がいそいそとネクタイを緩めてくれるような温かい家庭もある。そんな事を想像した河童頭は、その見果てぬ夢を空想しつつ自分をその場面に当てはめるのであった。

「あなた、おかえりなさい。今晩の夕食はお汁粉よ」

「わーい。ボク、お汁粉大好き」

 夕食がお汁粉という家もどうかしてると思うが、なにせ河童頭は味覚中枢が常人離れしてるので勘弁してほしい。


 しかし、現実にそのようなチャンスは彼ら非モテ男性の前に転がってくることはなかった。スクールカーストで上位に居座る雄たちはやすやすと温かい家庭を手に入れたかのように見えるが、その内の何割かは多少モラハラ気味だったりするのは上に立つ人種の特性上しかたないことでもある。そしてスクールカーストではおそらく下位だったであろう愛すべき非モテ男性たちは十年待とうが二十年待とうがいつまでたっても温かい家庭はおろか、女友達すら現れはしなかったのである。


 一方、自分を下に見るマウント旦那に嫌気の差した妻たちは、ネットSNSでわが身の不幸を嘆く非モテ弱者男性をたたいてうっぷんを晴らすのであった。

「あんたがモテないのは、女性をトロフィーだと思っているせいよ」

「そうよ。非モテ男性は女性を人間扱いしていないんだわ。だからモテないのよ」

「ふぇえ、ごめんなさい」

 画面の向こうで河童頭が落ち込んだ表情を見せおびえる。やがて彼はスマホの電源を落とし、冷え切った布団の中に潜り込むのであった。かわいいアニメキャラの顔を妄想しながら。


 男性の平均寿命は短く、河童頭を筆頭とする非モテ男性たちが生涯独身のままその淋しい生涯を終えた後、老人ホームで余生を送るかっての妻たちのなれの果ての方々に思いがけないニュースが飛び込んできた。


「家族研究をしている大学によると、もっとも女性に優しく最良の関係を築けるのは、日本で大量に余っていた非モテ男性たちだったのです」

 アナウンサーが研究者に尋ねる。高齢の教授は目を細めながらわかりやすい言葉で説明を始めた。

「彼らのような人畜無害の男性たちは、男らしさには欠けるのですが声を荒げたりマウントを取ったりせず、相手の話をよく聞き対話に応じ理解を深め・・・・・・・」

  

 老人ホームの高齢女性たちは自分の至らなさを嘆いたかって? そんなことはないのである。

「あんたらが、私たちを虜にできなかった魅力のなさが悪いのよ」

 と今は鬼籍に入ってしまった心優しき非モテ男を非難する罵声は、翌日の早朝まで続きましたとさ。

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