第9話 お年玉から逃げ回る

 末広雁真古吐は現在無職である。何度面接試験を受けても落ちまくり履歴書代と交通費が家系をひっ迫している。そんな有様であった。身長2メートルという立派な体躯を持ちながら体重65キロというヒョロガリ体形なため、肉体労働は出来ず、デスクワークも座高が並外れて高いためにしんどく、コンビニのレジではお客様を見下ろしてしまうためクレームが絶えない、そんなついていない男性だった。


「俺だって学生時代は書道部で活躍してたんだぞ」

という中学生時代の輝きを唯一の心の支えにして生きてきた彼。なぜバスケットボールの道に進まなかったのか。ドリブルが超絶下手くそだったからだ。察してほしい。


 そんな彼が今恐れている事は、子供にお年玉をねだられることである。なぜか彼の親族や兄弟は早婚で、子供や孫がうじゃうじゃいる。ちなみに彼は独身だ。理由は言わなくても分かると思う。


 そして正月を迎えるその日。彼の安アパートには親せき縁者の子供たちが幾重にも取り囲んで彼の出現をうかがっていた。

 彼もお金がなかったので、スーパーで買ってきたポチ袋に300円ずつ入れていたが、総額が千円に達した時点でお年玉を配るのをあきらめて持久戦に持ち込むことに決めた。

「三が日を、このアパートから出なければ、勝機はある」

真古吐はほくそ笑んだ。ヤニで黄色くなった八重歯が不気味に光った。そして唇から漏れ出る笑い声は、セミの断末魔と聞き間違えそうなぐらいの不気味な音だった。


「郵便屋です。スティシー美土里さんから年賀状ですよ」

「なに!」

真古吐は色めき立った。スティシー美土里と言えば、彼が入れ込んでいる地下アイドルのセンターを務める娘だったのである。彼はなけなしの貯金を切り崩し、彼女に貢いでいたのだ。中古屋でCDを百枚も買い。打ち捨てられた握手券を拾ってそれを片手にライブに通う。そう真古吐の金銭感覚はぶっ壊れていた。それぐらいの金があれば親せきの子供の4人ぐらいに立派なお年玉を配ることはできたはずだ。


「どうぞ」

とドアを開けたすきに300人の子供たちが一斉に躍りかかった。運動不足の真古吐はたちまちあおむけに倒れて、子供たちに足で踏まれてしまった。やっと彼が上体を起こしたときには、部屋の中はもぬけの殻だった。果たして子供たちは何をお年玉の代わりにしたのだろうか。その真相は明らかにはされず。ただただ冷たい隙間風が真古吐の埃まみれの部屋の空気をかきまわしていたのでした。


 しばらくして真古吐は深いため息をつくと、ぼそぼそした声で独り言を発した。

「マッチングアプリに登録して俺の子孫にお年玉を取りかえさせる……ぞ」

彼はスマホの画面を見つめてマッチングアプリに登録しようとしたが、その時一陣の風がスマホを彼方まで突き飛ばし、失望した真古吐は雪のような白さの一匹の鶴になって甲高い声で鳴きながら空を高く高く昇っていくのでありました。

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