第8話 絶対に秘密

 いつもの日本国、聖夜が性夜と呼ばれて久しいが、それでもいくら頑張ろうが彼女ができない人は、できないものである。それはなぜか、サンタクロースにお願いしてないからだ。嘘だと思った人は聞いてみればいいさ。たいていの人は「そんなことはない」と言って笑うだろう。その笑みの陰には真実が隠されている。誰にも言えない秘匿された実情が。


「今日も彼女ができなかった。はぁただいま」

達磨転菓子瑞太郎だるまころがしみずたろうは、そういって窓際のベランダで物憂げそうにしているバランスボールに話しかけた。バランスボールは無言である。

瑞太郎はすぐに座椅子に腰を下ろす。スマホを見つめたまま動こうとしない。そのものぐさな性質ゆえに彼は目のやり場もないぐらい太っている。


 彼はおもむろに起き上がり冷蔵庫からピーチ味のアルコール飲料を取り出すとぐいっと飲み干した。

「はぁ~なんで俺は彼女ができねぇんだろうなぁ」

 とぼやき始め右手で突き出た腹をぼりぼりと掻き始めた。その様は設樂儀焼しがらぎやきの狸を横にしたかのような情景だった。茶色のスエットとこげ茶のジャージというコーディネートは自分をドラタヌキに模したかのように決まっている。狸ばやしの中に彼を放り込めば一座の長になれていただろう。ぽんぽこ。


「こんばんはー、二度目の訪問になりますー。サンタクロースです」

いきなり赤づくめの初老の男性が煙突の中から出てきた。全身すすまみれである。なぜこんな貧乏フリーターの部屋に暖炉があるか。理由は聞かないでほしい。


「お、お前は小学生の時に一度来たきりで、その後親にバトンタッチしたサンタ」

「いやーあの時は、頻尿ひんにょうになってしまって世界中の天気を変えそうになった」

「汚い話だなぁ。それで、久々の訪問とは」

「そんなお主に彼女をプレゼントだ」

 サンタクロースは担いでいた袋をめくると二本の腕がにょきっと出てきた。なめらかそうなその肌は薄いオレンジ色をしていて、瑞太郎は一挙に色めき立った。


「お会いできて光栄です。達磨転菓子瑞太郎だるまころがしみずたろう、人生の頂点に立たせていただきありがとうございました。感謝感激雨あられです」

と宣言した直後に彼女さんのフェイスとご対面した瑞太郎は急に冷静になった。


「まぁ、なんだな、その彼氏になってあげてもいいんだぜ・・・」

その顔は夏休み前に通信簿を渡された小学生の表情をしていた。瑞太郎の背中を微妙な汗がしたたり落ちていった。


 翌日瑞太郎は彼女を作者の元へ見せびらかしに来た。

「いいなーどうして彼女ができたんだい? ぼくも欲しいよ」

「彼女が欲しけりゃ男を磨け。清潔感に気を配って、着る物を変えるんだ!」

 サンタに彼女をもらった事は墓場まで持っていく、そう瑞太郎は心に誓っていた。

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