第5話 人生メチャクチャ

「好き勝手に生きられてていいなー」と同僚にいじられて、そいつの横面をげんこつで張り倒した。人の気も知らないでと思った。こっちはもっとスマートな人生を送りたかった。


 気が付くといつもイライラしていた。他人の言う事や動作がいちいち気に障った。もたもた動いている同級生がいたら尻を蹴飛ばした。うじうじしている男がいたら

「うじうじすんな!」と叱り飛ばした。いつしか、周りから人がいなくなった。俺は一匹オオカミを気取った。


 喧嘩っ早いので、教師にも反抗して学校にいられなくなった。忍耐力がないと通信簿に書かれた。父は怒りは母泣き落とした。でも何も変わらなかった。


 頭がうずうずしてくる。そう、いつも周囲の物事がまどろこっしく感じるんだ。手を出さずにいられなくなるんだ。俺が何かしなきゃトロトロと歩み続ける。そんな環境が嫌だった。


 好きな奴とはすぐくっついて、嫌になったら即別れるの繰り返し。面倒くさくなったら放り出して何人もの女に泣かれた。知ったこっちゃねえや。嫌いになったら仕方ないだろう。飽きたら仕方ないだろう。


 そのうち、誰も相手にしなくなっていった。仕方ないので狩場を変えた。顔がなまじいいので何も知らないおぼこが良く引っかかった。逢瀬を重ねて飽きたらポイ。悪名は近隣に響いた。


 仕事も続かなかった。上司の命令がいちいち癪に障った。俺様に命令するなんて100年早いって気分になって、翌日には辞表をたたきつける。でも不思議なことになぜか雇われた。履歴書は嘘だらけだ。ばれなきゃいいんだ。結果だけは出していたから。


 離婚を繰り返したり不倫をしたりで、住んでる街で有名になってしまい、それが嫌で大都会に移り住んだ。ここなら埋もれられる。目立つこともないだろう。噂されても3時間後には忘れ去られる。人が多すぎる街は暮らしやすい。


 そんな俺ももう55だ。腰が痛くなり、残尿感が続き、眼はかすみ、あっちの元気がなくなる。好き勝手しようにも体が動かなくなり気力がなくなる。周囲には友人一人すらいない。鏡を見たら白髪交じりの初老の男がしょぼくれた目つきで映る。俺も年を取ったもんだ。道理で最近は女が引っかからねぇ。


 勤務先の上司からメンクリを勧められた。「人を精神病扱いしやがって」と腹が立ったが、今の勤務先を追い出されたら後がないと思いしぶしぶ行くことにした。


 問診表を渡され、過去にさかのぼって成育歴を聞かれた。洗いざらいぶちまけた。医者は俺の話を漏らさず聞いて、病名を告げた。


「発達障害?」初めて聞く病名だった。なんやら英語の文字を並べたことまで言われた。よくわからない。人の人生に文句をつけるなんてふていやろうだと思ったが、事を荒立ててはまずいのでおとなしく従った。


 翌日上司に病名を告げたら「やっぱり」という顔をされた。上司は薄ら笑いを浮かべていたので癪に障ったが我慢していた。額の青筋がピクピク動いた。机の上の物をすべて窓から外へ投げ出したい気分だった。


 しばらくして薬を渡された。飲んでみると頭が落ち着いて、あの急かされるようなむずむず感が消えた。自分が自分でなくなったような気がする。それいらい俺は牙を抜かれた犬のように大人しくなった。


 そして今、安酒を浴びながら人生を振り返る。この薬を早く飲んでいたらもっとまともな人生を送れていたんじゃないか。そう思ったら涙が幾筋も頬を伝わって降りてきた。俺は始めて泣いた。


 

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