第4話 えんぴつのダンス

今年の夏は蚊が少なかったので、成海ひとしは物足りなさを感じていた。夏の忘れ物は風邪で休んで食べられなかった給食のように口惜しい。彼はかゆくもない首筋をかくと、肩甲骨を寄せてから肩を回した。




「よっ。相変わらず青っ白い顔をしてるね」


「うるせー万年日焼け娘」


「ほっといてよ色の黒いのを気にしてるんだから」




同級生の楠永美が笑いながら横に並んだ。そのまま歩調を合わせてゆっくり歩く。




「エイミー宿題済んだか」


「あんたと違ってこっちは忙しいんだよ」


「気に障った。写させてやんねぇからな」




授業のチャイムが鳴る。今年は例年になくにぎやかだ。物足りない夏が彼らの体をほてらせていて、そのうっぷんは収まりそうにもない。




「静かに。夏休みはもう終わったんだ」




教師の佐久間がラジオのアンテナを片手に叫ぶ。柔道で鍛えた体はシロクマを思わせた。生徒の熱気が瞬時に冷やされる。




「今日は抜き打ちテストをやる」




生徒の悲鳴が上がった。一人ひとしを除いて。彼は寸分の抜かりもなく予習復習を済ませていた。


カリカリと刻む鉛筆の音。肩口にふれる一筋のぬくもり、永美が目をゆるませて、ささやく。




「ちょっと見せて」


「い・や・だ」




鉛筆の時を刻む音がする。彼らの夏のひとときを乗せて、鉛筆は今日も働いている。


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