第4話「アホの子書くの難しくない?」
電車は好きだ。歩くよりは私の白い肌が陽に焼かれることも少ないし、車より早い。ただ、通学するとなると話は別だ。
ここは都会ではないので、すし詰めとまではいかないが、私の目の前の席に座っている、女子高生が読んでいる雑誌の内容が勝手に目に入る程度には混んでいる。
『男女間の友情は成立するのか!?』しょうもない記事じゃないの、と思いつつも目を通してしまう。『性欲がある以上、友人という関係は難しいのでは!?気になる人には思い切ってアタックしてみよう!』やっぱりしょうもなかった。
また、私の自慢のブロンドの髪が静電気を集めてしまうのでふとした瞬間に他人とバチンときてしまうのも私自身を否定されているようでいい気持ちがしない。駅に着いたらすぐに降りられるように扉の方へ向かった。
*
放課後、電気のついていない部屋にわざわざ入ってくる人間はなかなかいない。社会科準備室という文芸部に与えられた謎の部屋ならなおさらだ。その部屋で18時まで小説を読んで帰るのが僕の日課だった。残りの文芸部員はみんな幽霊部員だし図書館より静かで外の廊下を歩く人々の足音もまばらで丁度よい。ここが僕の楽園だった。
「はあっ、はっはっ……あっ、扉開いてる」
せわしないリズムの足音がその扉をガラリと開けて金髪の少女がこの部屋に飛び込んでくるまでは。
「え?なんでいんの?」
「いや、え?はこっちのセリフなんだけど」
驚いた顔をしている少女に僕も脊髄反射で返す。僕も同じ表情をしているだろう。少女は西洋人形のような顔つきで、どうやら胸元のピンバッジを見るに僕と同じ一年のようだ。
「なんで電気もつけずに本を読んでるの?」
「ここは日当たりもいいから暗い方が落ち着くんだよ。こうしてると誰も入ってこないし」
ふーん、と適当に相槌を打って彼女は部屋を見渡した。
今度は僕が質問する番だ。この部屋は僕のものなのだからどちらかといえば僕に義があるはずだ。
「君はどうしてここに来たの?」
「……ちょっと体調が悪くなって、……人のいないところに行きたくなったから。」
そこで彼女の顔色が悪いことに気付いた。さっきまで走っていたことを勘案しても息が上がりすぎている。
「顔色悪くない?大丈夫?ちゃんと寝てる?ごはん食べてる?」
「寝坊するくらい寝てはいるけど食べてない」
「ダメだって、ちゃんと食べないと。君は細いんだし、不健康な生活してたらすぐ倒れちゃうよ」
「ああ、たしかにちょっと最近貧血気味かも……」
「というか保健室に行こうよ。一緒について行ってあげるから」
そう声をかけると彼女は顔色を変えた。
「いや!いいの!いつものことだから!すぐ治るし!」
「そ、そう……」
彼女があまりに必死なので仕方なく諦めた。
とりあえず座ってもらって休んでもらうことにした。しばらく沈黙が流れる。
「なにそのお前が来てから空気悪くなったぞみたいな目は」
「いやいやそんな目はしてないって」
あまりに美人なので見とれていただけだがそのまま言うのは躊躇われた。
「私はクラスで『クラスの潤滑油』として名高いのよ」
「本当に?」
「ええ、絵梨ちゃんはいつもかわいいねって変な服女子が集まってくるわ」
それは潤滑油ではなく着せ替え人形にされているだけでは?純粋すぎるのではないかと思ったが本人はまんざらでもない顔をしているので放っておこう。彼女の鞄に変な人形が山ほどついているのもそのせいだろう。
「はぁ……。はぁ……。」
しかしさすがに少し苦しそうな顔をしている。近づいてみるとさきほどより顔色が悪くなっているように感じる。貧血だろうか。
「さすがに保健室に行かない?なんなら先生呼んでこようか?」
「待って、分かったからもう少しこっちに来てくれない?」
「ん?」
*
「一口だけ……。」
私は我慢ができなくなり彼の首元に口をつけた。
新鮮な鉄の味がする。体に沁み込んでいく。体に力がみなぎっていくのを感じる。生きている人間の血を吸うのは久しぶりだった。
私たち吸血鬼は血を吸っているが血液自体を栄養にしているわけではない。血液から人間の魂や精力を吸っているのだ。いつもは輸血用血液などを飲んでいるが、それでは鮮度が落ちる。そして不便なことに私たちの体は普通の食べ物は受け付けないのだ。友達付き合いで食べたフリはするが、体には入っていかない。
しばらく吸って口を離した。彼は驚いているともに少し疲れているようだ。顔が赤い。あまり長居していろいろと訊かれても私にはうまく答えられる気がしない。しかしこれを言いふらされても困る。そうだ、やりとりはするためにメールアドレスを置いておこう。
「ごめん!ありがとう!このことは内緒にしといてね!」
メモ帳を一枚破って走って部屋を立ち去った。
ふと朝にのぞき見した雑誌の記事が頭をよぎった。男女間の友情は成立するのか──たしか性欲が存在する以上成立しないだとかなんとか、だったっけ?
では、それが食欲だとどうなるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます