5 大倉尚子 遭遇編



携帯を片手にベッドの上で寝っ転がって電話をしていた。


「ナオ・・明日来れそう?」

「うん・・たぶん、大丈夫と思うわ。 ありがとなユミ」

「何言ってんの。 当たり前やない」

「ユミ・・ほんまにごめんな」

「ナオが謝ることない。 しゃーないもん・・さて、もう寝よ寝よ・・ほなら明日な。 え、もう今日か」

お互いに笑ってしまった。

「おやすみ~ナオ」

「うん・・おやすみなさい」


ナオと呼ばれている女の子。

大倉尚子、女子高生だ。


いつからだろう。

学校へ行くのが怖くなってしまった。

毎日、明日の時間割をしてカバンまできちんと用意して、服にもアイロンをかけている。

でも、その日になると行くことができない。

身体が動かなくなる。

学校でも不登校ということになっているようだ。

会話なんかは誰とでも普通にできる。

家の中や買い物なんかは普通に行ける。


ただ、学校へ行くことができない。

ユミはいい友達だ。

本当に私のことを心配してくれている。

でも、ダメなんよね。

学校へ行く気はあるのだけど、行けへんのよ。


そういやぁ、近々、臨床心理士のところへ行くっておかんが言ってたけど。

ま、いっか。

寝れそうにないわぁ。

そう考えながらも布団に入っていろいろ妄想をしていた。


もし、異世界に転生できたらどれほどいいだろうか。

俺TUEEEみたいなチート能力もええな。

せやけど、こんな性格やから、回復系かな。

あかん、爆裂魔法なんか使える魔法使いもええなぁ。

・・・・・

・・・・

・・

知らない間に眠っていたようだ。

外が明るくなっていた。


朝起きて、制服に着替える。

もしかして、今日は行けるかもと思ってカバンを持ってキッチンへ行ってみる。

「おはよう、ナオ。 あれ、今日は調子ええかな?」

母親が言う。

「うん・・」

そう答えて、玄関まで行ってみる。

・・・

ドアが開けれない。


しばらく玄関でいると母親が来て、優しく声をかけてくれた。

「ナオ・・今日の午後、臨床の先生のところへ行く予定やろ。 お母さん、午前で帰ってくるから・・」

そう言って、母親は出かけた。


臨床心理士の先生は須磨の方にいるらしく、結構有名らしい。

私の住んでいる芦屋から15キロくらいだろうか。


すぐにお母さんが帰って来た。

「あれ、お母さん、忘れ物?」

「いやな・・携帯がつながらへんねん。 ナオのはどう?」

そういわれてみて、携帯をみた。


圏外!


「あかん。 お母さん、圏外って出てるわ」

「そやろ、どないしたんやろな・・」

そういうと、携帯をいろいろいじっていた。

「あ、ナオ・・お母さん、今日は仕事いかんでええみたいやわ。 昨日の夜にメールが届いてた」

そういって、母親と一緒にリビングで紅茶を入れながらテレビをつけた。


紅茶は私が入れるので、ホットポッドから注いで入れた。

クッキーと一緒にお母さんのところへ紅茶を一緒に持って行った。

お母さんが紅茶を口に入れると、

「ぬっる~・・飲めへんで」

ポット湧いてるはずなのに・・。

ナオはそう思って、ポットを見てみると電気がついてない。

「あれ? お母さん、電気入ってないわ。 そりゃぬるいやろな、ごめん」

そう思ってポッドのコードを見てると、コンセントはつながってるしポットにもつながってる。


「変やなぁ、線はつながってるのに・・そういやぁ、テレビつけへんな」

「ほんまやね」

紅茶を飲みながらナオの方を向いた。

「停電やろか・・」

そう思っていろいろスイッチを操作してみると、確かに停電のようだ。

「やっぱ、あかん。 停電やな」

ナオのお母さんはそう言うと、ナオに外へ行こうと言った。

確かに家にいても仕方ないし、先生と会うにも時間がまだある。

外で軽く食事でもしながら時間を潰そうと思ったようだ。

ナオも賛成らしく、着替えてくると言って自分の部屋に戻った。


準備ができ、母親の運転の車で移動。

学校へ行くのでなければ、全然問題ない。

・・・・

動いて1分もしなかっただろう。

ふわっとした浮遊感を感じた。


「ん? なんや気持ち悪いな・・」

ナオのお母さんが口にするなり、景色が下へ移動する。

「お、お母さん!! 車・・浮いてるよ!」

何が起こってるのかわからなかった。

ただ、その状況を伝えることができただけだ。

「・・・・」

母親は声もでない。

車の前の景色が、空が見えていたが、今度は地上が見え始めた。

グングン地上が迫ってくる。

激突すると思うと、身体にGがかかる。

水平移動に移ったようだ。

そう感じた途端に、目の前に大きな巨体が見えた。

そこで記憶が途切れた。


ガーゴイルが車を持ち上げて、地上へ落とすのかと思っていたら、オークを発見したようだ。

そのまま車をオークへめがけて当てに行ったようだ。

車がオークに激突するが、車が変形するだけで、オークは傷もない。

オークはガーゴイルめがけて近くの瓦礫なんかを投げつけていた。


車の中ではエアバッグが開いて、ナオコとその母親はクッションにのめり込みつつ、車の前方部はほとんど潰れていた。

ナオコは気を失ったが、母親は身体のところまで車がめり込んでいた。

即死だっただろう。


ガーゴイルとオークの小競り合いはしばらく続いたが、それぞれが勝手気ままに移動を開始していた。

車の中でナオが気を失っていたのは幸運だったといえるだろう。

魔物に見つかることはなかった。


どれくらい時間が経過しただろうか。

辺りは夜になっていた。

ナオコは気が付いた。

「うぅ・・あいたたた・・・。 そういえば、あたし・・」

頭を押さえつつ車の運転席を見た。

「お、お母さん・・」


言葉を失った。


ほとんど車が潰れていた。

自分のいるところだけが、何とかエアバックで助かった感じだ。

運転席の方はほとんど原型をとどめていなかった。

ハンドルのようなものがあるが、車の前から圧縮されたように潰れていた。

エアバッグの白いヒラヒラしたものが、その隙間から見えていた。

そのめくれる白い影に、だらんとした手が見え隠れしていた。


ナオコは口に手を当てて、息を吸ったまま固まってしまった。

すべてを理解した。

母親はその潰れた間にいるのだと。

「お、お母さん・・そんな・・」

おそるおそる手を伸ばして、その手に触れようとしてみるが、触れれそうにない。

周りを見てみた。

暗くなっている。

いったい何時なんだろう?

でも、お母さんが・・。


何も考えれなかった。

自然とシートベルトを外して、エアバッグを押しのけて、フロントガラスの部分から車外へ出た。

そのまま、車に背中をもたげながら、その場に座った。

上を見上げると、やけにきれいに星が見えた。


母親がいなくなったのはわかる。

死んだのもわかる。

でも、悲しさとか寂しさとか、そういう風な感情は起こってこない。

ただ、何も考えることができない。

・・・・・

・・・・

そういえば、須磨の方へ行こうって思ってたんだ。

そう思うと、フラフラと歩き始めた。


ナオコのいる場所は海岸近くの場所なので、そのまま海岸線を西へ移動していけば、須磨までは行けるだろう。

それほど遠くもない。

ただ、ナオコはそんなことを考えているわけではない。

ただ、フラフラと歩いてるだけだった。

・・・

・・

どれほど歩いただろうか。

空が白んで来ていた。


街はかなり壊れていた。

建物は崩れていたり、あちこちで車などがひっくり返っていた。

人とすれ違うことはない。


ナオコはフラフラと歩きながら舞子駅のところまで来ていた。

どうやって来たのかよく覚えていない。

ただ、前を見ると舞子駅が見えていた。


(本編84話へと続きます。よろしくお願いします)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る