4 澤田達也 遭遇編



救命会病院。

JR大阪吹田駅から徒歩15分ほどのところにある総合病院だ。

病院の近くには淀川が流れている。


「あれ? 澤田先生、まだ交代にはかなり早いですよ」

「ええ、当直の時にはよく寝れないもので・・後2時間くらいしたら交代でしたね。 もう眠るとしんどくなりそうですから待機部屋でいます」

「澤田先生・・また、あれですか」

今起きている当直医はそう笑いながら言った。

「ええ、その通りです。 今、ちょうど攻略中であと少しでレイドボスを倒せそうなんですよ」


澤田と呼ばれる医師は、時間さえあればゲームをしていた。

eスポーツの大会にもよく出場している。


「私は巡回なので行ってきますね。 ほどほどに・・」

それを聞きつつ、澤田は待機室へ向かい、ゲームのスイッチをオンにした。

時間は1時前だろう。

3時に交代だから、2時間ほどは余裕がある。

これだけあれば、何とかできるだろう。

そう思いつつ、ゲームの画面を見つめた。


MMORPG。

自分のキャラを移動させつつ、いろんなステータスチェックをしていた。

「このゲーム、ステータス画面を見るのが面倒なんだよな。 その角でステータスオープンさせてチェックしなきゃな・・」

澤田がそうつぶやくと、ゲームの画面と自分の間に、半透明のボードが現れた。


!!!

澤田はのけぞった。

「うわ! 何?」

澤田は目をこすり、疲れてるのかと思いつつも、まさか・・という秘かな期待はあった。


ステータス画面に触れてみた。

どうやら触れられるようだ。

ゆっくりと辺りを見渡してみた。

景色は変わっていない。


バカみたいな考えだが、異世界に召喚されたとかではないらしい。


夢じゃないよな。

ほっぺをつねってみる。

痛い・・夢でも痛いかもしれない。


ステータス画面を見てみる。

タツヤと自分の名前がある。

苗字はないな。

レベル3。

職業:住人。


それだけを確認したら、待機室のドアがやや勢いよく開いた。

「あ、澤田先生、起きてましたか」

巡回に行った医師と違う医師が、軽く息を弾ませながら入って来た。


「交代の時間ではないのですが、手伝ってもらっていいですか。 今、救急の電話がかなり入ってきてるみたいで・・うちで受けれる分は受けようかと思っています」


澤田はすくっと立ち上がって、ゲームの画面をみた。

画面が消えていた。

電源は入っているが、暗い画面になっている。

・・・

今はそれどころじゃないな。

気持ちを切り替える。


澤田は、当直医が入ってきたときに思った。

ステータス画面がやばいと。

しかし、当直医は気にすることもなく話しかけてきた。

見えなかったのだろうか。

それとも、それどころじゃなかったのだろうか。

まぁ、今はいい。

早く患者さんの状態を確認しなきゃ。


救急車が到着した。

巡回に行っていた医師も帰ってきたが、どうやら停電になったらしく、自家発電に切り替わったという。

こんな時に・・でも、仕方ない。

病院内は普通に活動できるから問題ない。


運ばれてきた患者さんを見ると、右腕が何かに噛みちぎられたような傷跡だ。

もう一人は右半身が陥没している。

「どうしたんだ?」

澤田は思わず言葉に出た。

他の当直医も患者を運ぶので精いっぱいだ。


とりあえず右半身が陥没している患者さんのところへ向かい、声をかけてみる。

「大丈夫ですか?」

左肩をポンポンと叩きながら意識の確認をしてみるが、当然応答はない。

ストレッチャーのまま澤田が運ぼうと動かした。

澤田の頭の中で声が響く。


「経験値を獲得しました」


澤田は思わず辺りを見渡した。

ゲームをやり過ぎたか・・幻聴か?

そう思って、ストレッチャーを運ぼうと目線を映すと、さっきまでいた患者さんがいない。

服はそのままある?


わけがわからなかった。


また救急車が到着した。

同じようなひどい状態の患者さんばかりだ。


大きな事故でも起こったか?

病院も停電になったようだが。

近くの化学工場で事故でもあったのか?

いろいろと頭の中を駆け巡る。

・・・・

あの患者さんはどこへ消えたんだ?

澤田はパニックになりそうだった。


そう、その通り消えたのだが、そんなことが信じられるはずもない。


そのうち看護師が駆けつけてきた。

「先生・・電話がつながらないようなんです。 携帯もつながらないみたいで・・」

また救急車が到着した。

いったい何が起こっているんだ?


澤田はそう思いつつも、身体が覚えた通りに患者さんの優先度を選別して、危ない人から運ぼうとする。

看護師に救急隊員との応対は任せて、ストレッチャーを運ぼうとする。

患者さんの意識を確認しつつ声をかけながら、運ぼうとする。


「経験値を獲得しました」

「レベルが上がりました」


澤田の頭の中で天の声が聞こえる。

「聞き間違いじゃないし、幻聴じゃない」

そう言葉を出し、ストレッチャーに目線と移すと患者が消えていた。


澤田は直感的に思った。

もしかして、患者さんに触れて亡くなったのが、俺の経験値になっているのか?

まさか・・。


他のところはどうなんだ?

そうか、俺だけが運ばれてくる患者さんの状態を確認してたんだ。

他の当直医はそのまま運んでるな。

声をかけも触れもしない。

そこまでしか考えれなかった。


救急車で運ばれてくる患者の数が増える一方だった。

電話もつながらず、応対さえできない。

救急車の方でも電話がつながらないから、近場の緊急病院に片っ端から運んでるようだった。


そんな状態が30分くらい続いただろうか。

少しずつ落ち着いてきた。


澤田も片手を失った人などの処置は何とか無事終えることが出来たりした。

ただ、身体がひどく損傷してる人は助けることができなかった。

他の医師もそれは同じだった。

3人しかいなかったが、澤田が一番ひどい患者を受け持っていた。

電話もつながらない状態では、応援も呼べない。


できる限りの処置をして、時間を待つしかない。

トイレに行きたくなってきたので、看護師に連絡してトイレに行った。

トイレに入ると、鏡に映る自分の顔を見て、ひどい顔だなと思った。

だが、確認しておかなきゃいけないことがある。

「ステータスオープン」

澤田は口にした。

ステータス画面が澤田の前に現れた。


!!

やはり・・夢じゃない!

経験値とかレベルアップとか、頭の中で天の声が聞こえた。


まさかとは思ったが、異世界のような世界になったのか。

本当に夢じゃないよな。

レベル5となっていた。

「なるほど・・やはり患者さんの死が経験値になったんだな。 すみません・・」

澤田はやり切れない気持ちだった。

職業の欄を見ると、未設定となっていた。

軽くタッチしてみる。

職が表示される。


「戦士」「魔法使い」「弓使い」「ヒーラー」


澤田をそれを見て驚いた。

職が選べるようだ。

しかも、ヒーラーなんてのがある。

「迷うまでもない!」

澤田はヒーラーの職を選択した。


そしてトイレから出てきた。

まだ、処置室や病室へ運ばれてない人たちがいた。

看護師や他の医師がいないことを確認して、患者さんのところへ近寄った。

手をかざして回復をイメージしてみる。

「ヒール・・」

小さくつぶやいてみる。


澤田の手のひらが緑色に光った。

すると、今まで苦しそうな顔をしていた患者さんがみるみる回復するではないか。

意識まで回復していた。


「経験値を獲得しました」


澤田の頭の中で天の声が聞こえた。

澤田は確信する。

何が原因でこうなったかはわからない。


でも、今の世界が異世界仕様になったようだ。

そう思うと、患者さんを回っては回復を施した。

4~5人ほどを行うと、かなりの疲労感を感じる。

ステータス画面をチェックしてみると、MPがほとんどない。

こればかりは自然回復を待つしかない。


今の人数で90のMPが削られるということは、一人に20くらい使っているのか?

それとも症状によるのか?

レベルも6になっている。


患者さんを回復させて、成長する。

理想じゃないか!!

澤田は、身体の中から大きな喜びがあふれ出るのを感じていた。

今の医学では治せなかったものが治るかもしれない。

そんなことを考えていると、やけに病院の外が静かに感じる。


時間は5時頃になっていただろう。

そういえば、運ばれてくる人も見かけなくなったな。


ドゴォォーーーーーーン!


何かの爆発か?

澤田は病室の窓から外を見た。

棍棒を持った豚のような大きな生き物が歩いていた。

軽く車を持ち上げて投げたりしている。

空から羽の生えた灰色の生き物が車を持ち上げては落としていた。


病院の前を吹田駅の方へ向かって歩いていく。

逃げる人も見えた。

・・・

澤田はただ見ていることしかできなかった。


しかし、澤田自身のMPが回復してくると、症状のひどい患者さんの回復に努めて回った。

それしかできなかった。

どれくらい回っただろう。

途中で気を失ったりもしていたようだ。


回復した患者さんは病院から勝手に出て行ったりもしたらしい。


そもそも病院としての機能すら、もはや果たせてないようだ。

病院内に残っている職員はみな、ボロボロという表現がふさわしいだろう。

ほとんど誰も声を出すものもいなかった。

病院の建物はまだ無事だった。

だが、魔物が徘徊するのを見ると、我先に逃げ出す人々いた。


澤田は病院に残って患者さんの回復に努めた。

それが命を拾うことになったのだが、そんなことを考える余裕はない。


時間は19時頃になっている。

病院内は妙に静かになっていた。

動ける人は病院の外へ逃げ出していく。

無論、職員もほとんどいないようだ。


澤田が1人、病院内を巡回をしていた。

確かに回復魔法をかけると患者さんは回復する。

それも見事に回復する。

だが、回復してしばらくすると、病院から出て行く。

後はわからない。


澤田も自分が何をやっているのか、よくわからなくなってきた。

そして気が付くと屋上に来ていた。

大きな水を溜める貯水槽の下で腰を下ろした。


「はは・・俺は、一体何をやってるんだろう」

澤田は疲れ切っていた。

「異世界のような魔法を使えるらしい。 でも、回復させてもどうしようもない・・」

乾いた声で呟いている。

・・・・

・・・

知らない間にその場で気を失っていたようだ。



「ん・・うん? どうやら寝ていたようだな・・」

時間は5時頃だろう。

太陽が出てきていた。


相変わらず爆発音が遠くで聞こえる。

澤田は喉の渇きを感じた。

屋上から周りを見渡すと、相変わらず魔物が徘徊している。


病院の建物はどうやら無事だったようだ。


飲み物を取りに階段を下りて行った。

飲み物売り場へ行くと、自動販売機があった。

自家発電が生きてるのか、動いているようだ。


お金を入れてお茶を購入。

飲んでみると、たまらなくおいしく感じた。

「ふぅ・・おいしい。 お茶ってこんなにおいしかったんだ」

澤田は一息つくことができた。

「しかし、これからどうなるんだろうな」

全く予想すらできなかった。


あんな車を持ち上げる魔物・・どうしようもない。

病院の中に人もいないようだし。

そう思っていると、廊下の奥の方に大きな影が動いているのが見えた。

澤田は隠れながらその影の方を確認した。


!!!!


声が出なった。

鬼のような顔をしたでかい魔物。

「なんだ、あれ?」

オークだったが、澤田に確認するすべはない。

ただ、見つかれば殺されるということはわかった。

澤田は気づかれないように屋上へと移動した。


オークは鼻をクンクンさせて辺りを確認している。

人がいれば食事が始まるだろう。


この地球に生まれ落ちて、最初に食べたのが人間だった。

その味が何ともいえない感じだった。

初めて味わう味。

今まで食べたことのないもの。

決しておいしいとは感じないが、何か後から後から欲しくなる。


そんな感じでその辺りを徘徊していたら、この病院の方から人間の匂いがするではないか。

その匂いに引き寄せられて入って来た。

今も、確かに匂いがする。

それも生きてる人の匂いが。


澤田は屋上へ来たものの、逃げる場所がない。

非常階段の方向へ向かおうかと思ったが、オークが階段を上がって来た。

とにかく隠れて、隙ができたら非常階段から一気に降りよう。

それだけを考えて身を隠した。


オークは屋上に上がると、立ち止まって鼻をクンクンさせている。

!!

人の匂いを強く感じる。

確実にいる。

そう思うと、うれしさがこみあげてきた。


「ウオォォォォォォーーーー!!」


オークは叫んだ。

澤田はその声に身を小さくしつつ、震えが走った。

「ま、マジかよ。 見つかるなよ・・」

そう思って物陰に隠れ続けた。

「来るな、来るな、来るなよ~!!!」

呪文のようにつぶやいていた。


オークは背中の方が熱くなるのを感じた。

何だ?

そう思って振り返ると、何かを突き出してくる奴がいる。


オークの右腕が吹き飛んだ。

なんだ?

オークはそう思って右腕を拾おうと思ったが、また前から突きまくられる。

そのまま意識がなくなった。


テツがアニム王ところへ移動するときに立ち寄った病院だ。


澤田は丸まっていた。

声が聞こえる。

ビクッとした。

「ヒッ!!」

澤田は驚いたが、片目を開けてみた。


人のようだ。

「う・・人・・ですか?」

そういうのが精いっぱいだった。

その人が「大丈夫ですか?」と声をかけてきた途端にホッとした。

自然と涙があふれてきた。


どうやらその人は、淡路島の方から来たらしい。

海伝いで移動すると魔物が少ないという。

澤田は少し冷静さを取り戻してきた。

・・・

よし!!


俺もここまで生き残ったんだ。

とりあえずできる限り、生きてみよう。


オークを倒した、その人はテツと名乗った。

大事な人に会いに行く途中で、病院の上に魔物がいるのが見えたそうだ。

そして、その魔物を確認しに近寄ってきたみたいだった。


俺もこの人の言葉を信じて、海伝いに淡路島でも目指してみようかと思った。


テツと出会ったことで、今までの鬱々した気分はなくなっていた。

淡路島を目指して移動を開始してみる。

軽く走ってみた。

!!

やけに身体が軽い。

移動速度も速い感じがする。

「まるで忍者のようだ・・」

澤田はそう思った。

本当に異世界だな。

そう考えつつも周りを警戒しながら、移動していく。


海岸線を移動していくと、それほど魔物との遭遇もなかった。

物陰に隠れてやり過ごせるほどだった。


明石大橋の鉄塔が見えてきた。

移動しているうちに自分の身体能力を少し確認していた。

「これはすごいものだな・・」

澤田はそう感じずにはいられない。


俺は生き残ったんだ。

拾ったこの命。

一人でも多くの人を助けるぞ。

そう心に秘かに誓った。


明石大橋へ登るには非常階段くらいしかなかった。

澤田は舞子駅の下から軽く登ってしまった。

高速バスの舞子の停留所のところへ到着。

!!

「ん? 誰か、倒れているぞ・・」

急いで近寄り、呼吸を確認。

女の子のようだ。

「ホッ・・どうやら生きているな」


澤田は即ヒールをかけた。

澤田の手のひらが緑色に光り、倒れている人のかすり傷などがみるみる治っていく。

軽く体を揺すり声をかけてみる。

「おい君・・大丈夫か?」

・・・・

「う・・ぅうん・・」

女の子は目が覚めた。

辺りをキョロキョロしていた。

「え・・お母さん、お母さんは?」

澤田はそれを聞きつつ返事をした。

「君一人だったけど・・お母さんがいるのかい?」


女の子は動くのをやめて、そのまま大粒の涙を流して、その場で泣き崩れた。

「うぅぅぅ・・お母さん・・うぅ・・」

顔に両手を当てて泣いていた。


澤田は静かに見守っているしかできなかった。


(本編へと入っていきます)


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