第33話 気功魔剣①
それから数カ月が過ぎて、蓮之助も宮使いに慣れて屋敷と城を往復する生活が続いていた。彼は、窮屈な城勤めは苦手であったが、紀州藩の一翼を担う身となった今、我儘も言っていられなかった。
そんな折、家老の安藤直次から急な話があった。
「柳生殿、事件じゃ。今しがた届いた文によると、南紀の方で盗賊の一団が暴れて居るとのことじゃ。代官は殺され、代官所は奴らの根城になってしまったらしい。盗賊の数は三百を下らんそうじゃ。殿の藩内の視察も近付いているというのに、困ったものじゃ。
軍勢を出すにしても情報が少なすぎる。お主の手の者で、詳細を探って来てほしいのじゃ」
「承知致した。早速、配下の者に探らせましょう」
蓮之助にとっては、初めての大きな事件である。彼は、福丸たちを南紀へ派遣した。
福丸、静、五人の配下は、南紀の竜神村という小さな村に、次の日には着いていた。
「こんな山奥の小さな村に、あれだけの人数を集めて、砦まで築いておる。戦でも起こす気なのか?」
小高い丘の上から、村の様子を見ていた福丸は、首をひねった。
「とりあえず、盗賊に化けて潜入するしかなさそうだな」
「危険ではありませんか?」
静が、心配そうな顔を福丸に向けた。
「心配はいらぬ。お前たちは此処で待機して連絡を待て」
福丸は、一人で村に下りていった。彼は何気ない風で盗賊たちの中に入っていき、気さくに話しかけた。
「ここで人を雇ってくれると聞いて来たのだが、何処へ行けば良いのかな?」
問いかけられた髭面の男が、胡散臭そうに福丸を睨んだ。
「お主は、何者だ!」
「御覧の通りの食い詰め浪人の成れの果てよ。昨日から何も食べていないのでな、盗賊の手伝いをして、飯にありつきたいと思うて来たのじゃ」
「ふむ、そういうことなら、猿飛幻鬼様に取り次いでやろう。付いて来い」
裏に小さな川が流れる道沿いに、温泉宿の建物が数軒並んでおり、その奥の代官所らしい大きな屋敷の中に、福丸は連れて行かれた。
そこには、大勢の浪人や胡散臭い連中が詰めていて、入って来た福丸をじろりと睨んだ。
「幻鬼様、仲間になりたいという男を連れて参りました」
「よし、通せ」
奥の間の中央に、幻鬼という頭目らしい男が座っていて、福丸を手招きした。
「仲間になりたいというが、剣は使えるんだろうな?」
幻鬼は、冷徹な蛇のような目を福丸に注いだ。
「腕には、少々自信がござる」
福丸が事も無げに言うと、幻鬼は、後ろの男に声をかけた。
「権左、相手をしてやれ、お手並みを拝見しよう。奴に勝ったら、仲間に加えようじゃないか」
権左というのは、福丸を案内して来た髭面の男の事で、筋肉質で背は高く、いかにも豪傑のような風貌をしている。
「どこからでもかかって来い!」
権左は、鉄の棍棒を手に取り、ブンブンと振り回して見せた。すると、野次馬が集まって来て、彼らの周りを取り囲んだ。
「来なくば、こちらから行くぞ! うりゃあ!」
気合諸共打ち下ろされる鉄の棍棒を、紙一重で躱しながら、福丸は、相手の動きを見切ろうとしていた。
刀を抜く間もなく、逃げ回ってばかりいる福丸に、周りからは笑いとヤジが激しく飛んだが、幻鬼だけは、福丸の動きをじっと見据えていた。
疲れが見えて来た福丸の様子に、権左の目が光り、渾身の棍棒が振り下ろされた。その瞬間、
福丸の身体がポーンと宙に飛んで、身体をひねりながら、権左の首元をしたたか蹴った。権左の巨体が音を立てて倒れると、ワッと歓声が上がった。
「あ奴、ただ者ではないな……」
幻鬼は、福丸を連れて自分の部屋に入った。
「何のために、これだけの人数を揃えているのか教えてもらえまいか」
「それを聞いて何とする?」
「いや、盗賊を働くだけなら、こんな大人数はいらんと思うたまでのこと」
「ふん、まあよいわ。一揆を起こすのよ。次は田辺の代官所を襲うつもりじゃ」
「そんな事をすれば、何千という藩の軍勢がやって来て打ち取られるだけではないか。死に場所でも探しておるのか?」
「……せっかく磨いた腕も、天下泰平の世となっては何の意味もない。先日の藩の御前試合では、柳生蓮之助と華という夫婦が、気功剣を使って名声を上げたとか。儂は、その夫婦に挑戦したいと思うておる」
「……実は、拙者は蓮之助様の配下の者なのだ。どうしても勝負するというなら取り計らうが?」
「やはりそうだったか。ならば、佐助や仁助も知っておろう」
「皆、配下として働いてくれている。お主は、仁助殿の弟子ではないのか?」
「元はな。師匠のやり方が気に入らぬで、こちらから縁を切ってやったのよ」
「ならば、気功剣も使えるのか?」
「当然だ。独自の工夫を加えて、必殺の気功剣を完成させておる。気功剣を極めたという蓮之助に一泡吹かせてやりたいのよ。騒ぎを起こせば向こうからやってくると思って盗賊を集めたのだ。
代官所の襲撃は予定通りやらねばならん。三百もの食い詰め者を養わねばならんのでな。お前には人質になってもらう。出会え! こやつを捕まえろ!」
盗賊達がドドッと部屋に乱入して来て、福丸はあっけなく捕らえられてしまった。
福丸を案じて潜入していた静が、その様子を天井裏から見ていた。彼女は一度屋敷を出て、仲間に蓮之助への連絡を頼んだ後、再び、福丸の捕らえられている牢に忍び込んだ。
「福丸様、静に御座います」
「静か、この縄を解いてくれ」
静が、天井からふわりと下りて福丸の縄を解き、牢から出ようとした、その時、盗賊達が彼らの前に立ち塞がった。
「飛んで火にいる夏の虫だな。佐助、久しいの。それにしてもその姿は何じゃ……」
優しい顔になって、女らしさも見える彼女を見て、幻鬼も驚きを隠せなかった。
「今は、柳生蓮之助様の配下としてお仕えしています」
「……夜叉と恐れられ、猿飛一族を束ねていた佐助は死んだようだな。蓮之助夫婦を倒す前に、お前達を血祭りにあげてやろう。表へ出ろ!」
幻鬼は吐き捨てるように言って、外へ飛び出した。
福丸が戦おうとするのを制して、静が幻鬼の前に立った。
「佐助よ、夜叉を捨てたお前に勝ち目など無いわ。二人して冥途へ送ってやる。覚悟せい!」
言うが早いか、幻鬼は刀を引き抜くと静に向かって投げつけた。彼女が身を躱して避けるも、その刀は生き物のように方向転換して再び静を襲った。
「何!」
逃げても逃げても刀は追いかけてくる。静が目を閉じて精神を集中させると、幻鬼の気功が刀を操っているのが見えた。
彼女は、分身の術で、相手を撹乱しながら気功剣で反撃した。だが、彼女の気功剣は、悉く何かに跳ね返されてしまうのだ。
本来、気功剣を使えばその光跡が見えるはずである。気功剣を使う者は、その光跡を見て相手の太刀筋を判断するのである。
(なのに何故!?)
彼の気功剣には、その光跡が見えないのだ。何時、何処から気功剣が来るかが分からないのである。
「ふふ、気功剣の光跡が見えずば、防ぎようがあるまい。我が、気功魔剣の餌食となれ!」
幻鬼が不敵な笑みを浮かべると、再び、浮遊していた刀が静を襲う。静がその剣を気功剣で打ち返した瞬間、彼女の肩から血飛沫が飛んだ。
「うっ!」
「静!!」
福丸の、悲鳴のような声が辺りに響いた。
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