第27話 家康警護②

 蓮之助たちが二条城に着くと、家康が満面の笑みで出迎えてくれた。齢七十を越えて、その風貌に老いは感じられたが、徳川の万代の礎を築く為、長年の憂いだった豊臣との決着を付けるまではと、その気迫は衰えていなかった。


「蓮之助、華、よう来てくれた。お前達が来てくれれば百人力じゃ。この度の合戦は是が非でも勝たねばならん。頼りにしておるぞ」

「家康様、此度の戦は、数の上でも兵の士気にしても、徳川の勝ちは見えています。それ故、彼らが、家康様の命を狙いに来るは必定。くれぐれもご用心なされませ。本日より、妻の華が御護り致します」


 傍に控えていた華が、静に頭を下げた。


「うむ、華、宜しく頼むぞ。

 そうじゃ、合戦に行くのに鎧は必要じゃろう。動きやすい軽めの物を作らせよう」

  

 家康は、近習の者を呼んで、華の意向に沿った鎧を作るよう命じた。

 蓮之助と華は、家康と側近達と警護の打ち合わせを半時ばかり行って、用意された部屋に入った。


「家康様も、老いられたな。だが、あれで合戦に行こうというのだから、豊臣打倒の執念は凄まじいものがある。いや、それだけで生きていると言っても過言ではあるまい」

「家康様には、天下人ゆえの御苦労があるのですね」

「うむ、天下泰平の為にも、家康様を何としても護り切らねばならぬ。頼むぞ」

「はい」


 蓮之助と華は、家康警護の詳細を煮詰め、万全な体制をとっていった。

 その日から、華は家康近くに控えて、警護の任に就いた。夜も、家康の寝所の隣の部屋で、刀を抱いて眠った。

 そんなある夜の事、


「出会え! 出会え!」


 警護の者が叫ぶ声に、華は飛び起きて家康の傍に駆け寄った。


「華、曲者か!?」

「そのように御座います。家康様は此処を動きませぬよう」


 華は、共に警護の任に就いている大三郎と福丸に家康の警護を頼み、自分は様子を見て来ると、部屋を出て行った。


 華が本丸御殿を出ると、庭園の所で警護の者たち二十名ほどが、一人の曲者と斬り合っていた。曲者は、黒装束に身を包んだ忍びのようである。

 曲者は、刀を持っていないのだが、打ちかかる警護の者はバタバタと倒されていった。


「気功剣!?」


 華が思わず叫ぶと、曲者は周りの者を薙ぎ倒して彼女に近づいて来た。


「下がってください!」


 華は警護の者を下がらせ、曲者と対峙した。

 気功剣は目には見えない。華は、目を閉じて心眼を開き、相手の気を捉えて戦闘態勢になった。


 華は、目を閉じたまま剣を抜き、曲者の正体を暴こうと、気功神剣で頭巾を狙った。すると、曲者の頭巾は吹き飛び、能面のような女の顔が月光に照らし出された。


 曲者は、一瞬驚いて後方に飛び退いた。だが、次の瞬間、反撃に出た曲者の動きが急激に加速されたかと思うと、その姿が五人居るように見えた。分身の術である。

 華の心眼にもその速さは捉えきれなくて、五本の気功剣が襲ってくるように見える。

 更に、曲者が一度に五本の気功剣を操ると、分身の効果で二十五本の気功剣となって華を攻め立てた。

 華は下がりながらも、相手の気功剣の動きを見極め、二刀の気功神剣でそれらを悉く打ち返すと、曲者はフッと姿を消した。


 華は、本丸御殿の家康のところに戻った。


「申し訳ありません。曲者はくノ一のようでしたが、逃がしてしまいました」

「くノ一がたった一人でこの儂に挑んで来たというのか?」

「はい、かなりの使い手で、私と互角に打ち合いました」

「ほう、華と太刀打ちできる奴がおったとは、世の中は広いの……。まあ良い、放っておいても向こうから又やって来よう。さて、寝直しじゃ、華も休むがよい」 



 次の日、家康の命で大坂の様子を探りに行っていた蓮之助が帰って来た。


「気功剣を操る猿飛佐助が、女じゃと?」

「月夜に照らされた顔は、私には女に見えました。佐助は五つの気功剣を一度に操り、分身の術でそれを倍加させることが出来ます。侮れぬ相手かと」

「そいつは厄介だな。次は、戦のどさくさに紛れて、家康様の命を取りに来るかも知れぬ……」

「家康様は、何としても私が護ります」


 華が顔を厳しくして意気を示したが、蓮之助は浮かぬ顔であった。


「華、お前の剣の事で一つ気掛かりがある。それは、お前が子を儲けて家庭を持った事で、心が優しくなりすぎてしまった事だ。言うまでもないが、戦いの中では優しさは時に命取りになる。力は勝っていても最後の詰めが甘くなるんだ」

「その事は私も自覚しています。でも、その優しさが出るのは相手を殺す時だけです。人は殺さぬと決めていますので問題はありません」

「……だが、戦場では何が起きるか分からぬ。実力が拮抗している者が相手なら猶更だ。油断は禁物ぞ」

「肝に銘じます」


 蓮之助の苦言は、愛する華をどんなことがあっても死なす訳にはいかないとの、強い思いから出たものだった。華は、心から心配してくれる夫の気遣いが嬉しかった。



 時は満ちて、いよいよ大坂へ出陣の時が来た。五月五日、徳川軍の本体八万は、京を発って奈良から大坂城を目指した。


 五月六日には、道明寺で伊達政宗らが豊臣軍と交戦し、これを打ち破ると、五月七日には天王寺・岡山にて最終決戦が行われた。

 家康は、兵一万五千と共に、後方に本陣を置いて指揮を取った。


 蓮之助と華は、鉄の兜に胴丸、すね当て、籠手など、動きやすさを重視した特別製の鎧を身に着けて、家康の傍で警護の任に就いていた。朱一色の華の鎧は、人目を引いた。



 その頃、真田幸村と毛利の豊臣軍は、徳川軍の隙を突いて、家康の本陣目指して疾走していた。

 その先頭には、気功剣を振りかざした猿飛佐助が、徳川軍を薙ぎ倒して突破口を開いていた。



「ご、御注進! 真田軍の奇襲にござるーッ!!」


 矢を受けながらも伝令の役目を果たした兵士は、そのまま事切れた。終に、真田軍が家康の本陣に雪崩れ込んで来たのだ。


「家康様を駕籠へ! 警護兵は駕籠を囲め! 華、家康様を頼んだぞ!」


 蓮之助はそう叫ぶと、真田軍の勢いに逃げ出そうとする徳川軍を鼓舞しながら、真田軍に斬り込んでいった。

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