第26話 家康警護①

それから六年の歳月が流れて、家法は六歳になり、その下に三歳になる女の子、妙(たえ)が生まれていた。

 華は、子育てをしながらも剣の修行は欠かさず、気功剣を磨きに磨いて新たな境地を開こうとしていた。そして、修行の成果と不明点、子供たちの近況を書いた書状を、最近、旅に出ることが多くなった蓮之助に送っていた。蓮之助も、華からの便りを楽しみにして役目に励んでいた。


 その年の十一月に、豊臣家と徳川家の戦【大坂冬の陣】が始まった事で、蓮之助、大三郎、福丸の三人は、殆ど家に帰る事が無くなった。

 年の瀬を迎えた徳島の柳生家では、顔を曇らせた千代が、華と話し合っていた。


「蓮之助様からの書状では、来年の春頃に、もう一度合戦があるだろうと書いてありました。私も、二月になれば大坂に向かわねばなりません」

「これまで、戦いの無い平和な日々だったのに……。お前に何かあったら、この子達はどうなるのです」


 娘夫婦が、命を賭して勝ち取った平和な日々。だが、時代は、彼らを放っておいてはくれない。千代は、抗しがたい事だと分かっていても、腹立たしかった。


「母上。そうならない為に修行をして来たのです。心配はいりません」


 華は、母として、一家を支える妻としても逞しく成長していて、千代を優しく気遣っていた。



 年が明けると、二月はすぐにやって来た。幼い二人は、母が戦に行く事をまだ知らない。ちょこんと座った二人を前にして、華が語りかけた。


「家法、妙、母はお父様を手伝う為に大坂へ参ります。留守中、おばあ様の言う事をよく聞いて良い子でいるんですよ。出来ますね?」

「はい、母上!」


 家法は元気に返事をしたが、幼い妙は、まだよく分からない風で、きょとんとした顔で華を見ているだけだった。



 次の日の早朝、子供たちが眠っている間に、刀を巻いた包みを背負って、華は旅立った。


 船が大坂の港に着くと、蓮之助が迎えに来ていた。彼は多くの乗客の中から華を見つけると、大きく手を振って彼女の名を呼んだ。


「華、すまんな。本当は家法たちの傍にいてほしかったのだが、そうもいかなくなった。真田幸村の軍団の中に、気功剣らしき技を使う者が現れたのだ」

「恐れていたことが、現実になったのですね」

「うむ、猿飛佐助という忍者だそうな。家康様暗殺の噂もあるので、お前にはその警護を頼みたいのだ」 

「承知しました」

「町外れに家を借りている、まずはそこへ案内しよう。

 子供達は息災か?」

「元気でいます。妙が泣くので、寝ている間に出て参りました」

「そうか……、可哀想だが少しの辛抱だ。五月の末には帰れよう」


 二人は話しながら、港から町中へと歩いていった。

 大坂の町は人で溢れかえっていた。中でも、多くの浪人たちの姿が見えて、合戦が近い事を感じさせた。彼らは半時ほど歩いて、町外れの一軒家に着いた。


 華は二階に上がると、結った髪を解いて後ろで縛り、長い髪を背に垂らして、動きやすい着物に着替えた。

 二階から降りて来た華の顔は、凛々しき戦士の顔になっていた。


「それで、家康様の警護は何時からですか?」

「四月に京の二条城に入られる予定だ。その時から警護したいと思っている」 

「それまで何を?」

「うん、気功剣の修行をしたい。それと、猿飛佐助の技も見てみたいと思っているのだが、会えるかどうか」

「書状にも書きましたが、今迄、気功剣を更に磨く修行をしてきました。もう少しで形になりそうなのです」

「華、流石だな。この先に無人の山寺がある、そこで明日より修行に入ろう」


 二人は久しぶりに、夫婦水入らずの時間を過ごした。



 次の日、蓮之助と華は山寺へと向かった。建物は朽ちて荒れ放題で、人の寄り付く心配は無かった。石段を登り切った所に広場があり、そこで二人は修行を始めた。


 気功剣は、気を剣のように変化させて操る技で、華たちは、まだ一つの気功剣を操ることしか出来なかった。二人は、その気功剣を一度に二つ以上操る修行に入ったのである。

 彼らの修行は壮絶を極め、毎日が自分の限界との闘いとなったが、修羅の道を共に歩んで来た二人にとっては、苦痛より、剣を極める喜びの方が勝っていた。


 一月後、蓮之助と華は、同時に八つの気功剣を操る事に成功していた。


 更に一月が経つと、華は気功神剣に磨きをかけ、二刀の剣で同時に二つの気功神剣を操る事が出来るようになっていた。

 一方、蓮之助は、気功剣で一瞬百人斬りを会得した。彼はこの技を、“気功自在剣”と名付た。


 二人は最後に、気功自在剣と気功神剣で真剣勝負を行った。

 共に目を閉じて気の光跡をを追いながらの戦いでは、蓮之助の無数の自在剣が華を襲うと、彼女の二刀の神剣が唸りをあげてそれを打ち砕いた。


 破壊力では華の神剣が当然上回り、まともに食らっては勝ち目はなかったが、手数では優勢な蓮之助は、華の気功神剣を放つ隙を与えなかった。


 一時余り死力を尽くして戦ったが勝負はつかず、互いに体力の限界となり、二人は剣を引いた。

 いつの間にか辺りは暗くなっていて、二人は、くたくたになった身体を支え合いながら山を下りた。


 蓮之助と華は、修行でボロボロになった身体を回復させると、四月上旬に京へと旅立って行った。



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