第28話 大坂夏の陣

(ここからは一兵たりともと押さぬ!)


 凄まじい気迫の蓮之助は、鬨の声を上げて押し寄せて来る真田軍の槍隊に向かって、渾身の気功自在剣を振るった。すると、槍を揃えて進軍していた数百の槍隊の先頭が、壁が崩れ落ちるように倒れ込んだ。彼の奥義、“一瞬百人斬り”である。


 尚も、気功自在剣を浴びせ続ける蓮之助。

 真田軍は、徳川の一人の男の不思議な技で、一瞬の内に大勢の味方の兵士が倒されるのを見て恐れ、進軍の足を止めた。


「それ、押し返せ!!」


 蓮之助の、目を見張る戦いに活気づいた徳川軍は、鬨の声を上げて蓮之助の後に続いた。



 一方、華は、家康の駕籠を護って、秀忠軍の陣のある方向へと走っていた。

 その時突然、林の中から二十数騎の騎馬隊が姿を現した。真っ赤な鎧に身を包んで、先頭を走って来るのは、敵の大将、真田幸村だった。


「真田幸村見参! 家康覚悟!」


 幸村軍は、刀を抜いて家康の駕籠に迫ろうとしたが、華の気功神剣の一振りで、馬の足を斬られた騎馬隊は、一瞬で崩れ落ちた。幸村は、つんのめって放り出されたところを、一人の忍びが受け止めた。猿飛佐助である。


「我が名は猿飛佐助、名乗れ!」


 それは、甲高い女の声であった。


「我は柳生蓮之助の妻、柳生華。今日こそ決着を着ける!」


 華と佐助は、睨み合った。


 佐助の分身の術から放つ、二十五本の気功剣と、華の気功神剣が激突した。

 華は、佐助の気功剣の無数の光跡を捉えて、二刀流の気功神剣で、叩き落す。

 一方、佐助の方も、華の気功神剣の威力に戸惑いながらも、変則攻撃を仕掛けて、隙を作ろうとしていた。一瞬の隙が命取りになるような、緊迫した戦いが続いた。


 華と佐助との戦いが続く中、機会を窺っていた真田幸村と数人の家来が、突然動いた。

 彼らは、警護の兵に斬り込み、家康の駕籠に突進した。


「家康、覚悟!!」

「??」


 それに気付いた華が、咄嗟に、幸村目掛けて気功神剣を放った。神剣は、幸村の利き腕を斬った。

 だが、佐助は、その一瞬の隙を見逃さなかった。佐助の気功剣が、華の脳天に炸裂して、鉄兜が真っ二つに割れた。

 華は、一瞬ふらつき、ガックリと膝をついた。息もつがせず、佐助の止めの無数の気功剣が華を襲って来る。

 その刹那、顔を上げた華は修羅の顔になっていた。華は、二本の刀から放つ気功神剣を駆使して、佐助の気功剣を悉く打ち砕くと、分身化した五人の彼女の足を狙って気功神剣を放った。

 その神剣は、五人の佐助の足を次々と払って、本体を捉えていた。


 華は、足を斬られて動けなくなった佐助目掛けて、疾風の如く駆け寄ると、苦し紛れに気功剣を放とうとする彼女の頭に、小太刀を打ち込んだ。


「ウウッ!」


 佐助は呻き声を上げ、頭から血を流して倒れた。


(ふう、危なかった。佐助の気功剣が、鉄兜を割るだけの威力があったとは……)


 華が一息吐いて振り返ると、名将と言われた真田幸村は、家康警護の者に、あえなく首を落とされていた。


 華は、額から血を流しながらも、家康を秀忠の陣まで送り届け、その足で再び戦場に戻り、蓮之助と合流した。


 二人は、背を合わせた状態で独楽のように回転し、その速度を上げながら、全方位に気功剣を放った。彼らの最強の技、“蓮華剣”である。

 押し寄せる真田軍に、蓮華剣が炸裂すると、兵たちは、高速回転する独楽に触れたように、弾き飛ばされていった。その凄まじさに圧倒された数千の真田軍は、総崩れとなって敗走した。


 蓮之助たちは多くの敵を斬ったが、急所は外していた。彼らは、「人を殺さない」という、日光との約束を守っていたのだ。


「華、額から血が出ておるぞ。大事ないのか?」

「かすり傷です、心配いりません。ですが、家康様から頂いた兜のお陰で命拾いしました」


 蓮之助が、華の髪の毛を分けて傷を見ると、幸い、大した傷ではなかった。

 

「家康様は、どうなされた?」

「秀忠様の陣にお連れしました」

「うむ、それなら安心じゃ。猿飛佐助は倒したのか?」

「峰打ちで頭を割りましたから、暫く動けないでしょう。助けてやりたいのですが?」

「よかろう」


 蓮之助と華が本陣のあった所まで戻ってみると、佐助は、意識は戻ったものの足が立たない風で、もがいていた。彼女は、夜叉の様な鋭い目を、蓮之助たちに向けた。


「幸村は死んだ。戦いは終わったのじゃ」


 蓮之助は、嫌がる佐助を担いで秀忠の本陣へ向かった。彼らは、本陣で佐助の怪我の治療をしてから家康に拝謁に行った。


 丁度そこへ、大三郎と福丸が千姫を救出して帰って来た。彼らは蓮之助の命で千姫救出に奔走していたのである。


「千、よくぞ無事で戻った。父は嬉しいぞ。爺様もお待ちかねじゃ、ご挨拶申し上げろ」


 秀忠が、厳しい顔の千姫を抱きしめて、家康の前に連れて行った。


「お爺様、私は豊臣秀頼の妻。疾うに死ぬ覚悟は出来ていましたのに、何故、死なせてくれなかったのです!」


 十年余りも秀頼と連れ添った、千姫の胸の内は複雑だった。


「……千よ、お前には辛い思いをさせてしもうた。この爺を許してくれ……」

「……」


 家康は、涙を流しながら千姫を抱きしめた。



 千姫を見送った家康は、蓮之助達に涙の乾かぬ顔を向けた。


「蓮之助、華、今回もようやってくれた。お前達の働きに報いたいのじゃが、何か欲しいものは無いか?」


 蓮之助が何か言おうとした時、華が口を開いた。


「恐れながら申し上げます。夫の今のお役目は旅が多く、家族は寂しい思いをしております。出来ますれば、家族が一緒に暮らせるお役目にしていただければと存じます」


 華が無遠慮に言うので、蓮之助が慌てて彼女の袖を引くのを、家康は目を細めて見ていた。


「よいよい、蓮之助、お前は欲がないのう。少し先になるが、倅の頼宣に紀州五十五万石を任せたいと思っておる。剣術指南として盛り立ててやってほしいのじゃが、やってくれるか? これは儂の最後の頼みじゃ」

「ははっ、お引き受けいたします」


蓮之助が承諾すると、家康は、大きな荷物を降ろしたような顔になって、彼らに微笑みかけた。


「皆の者、徳川の勝利じゃ、勝鬨を上げよ!」


 家康が立ちあがって、拳を天に突き上げると、


「エイエイオー! エイエイオー! エイエイオー!」


 徳川軍のあちこちから、歓喜の勝鬨が上がった。


 この日、豊臣秀頼と母の淀君は自害。大坂城は炎上し、豊臣の時代は終わった。

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