第21話 最後の風魔②

 鋼鉄の鎧武者は、金属音を響かせて真っすぐに家康の方に進んで来る。


 それを阻止すべく、刀を抜いて斬りかかろうとした家康の家来たちだったが、数歩も進まぬうちに腰砕けのようになって、バタバタと倒れていった。

 風魔の手下たちが、風上から粉状の痺れ薬を撒いていたのだ。風は、舞台の方から二の丸御殿の方へと吹いていた。


「ふん、痺れ薬が効いてきたようだな。儂の名は、風魔破金丸(ふうまはがねまる)、兄、神太郎の仇を討ちに参った!」


「何、風魔じゃと?!」


 家康が驚きの顔を見せるも、身体が痺れて立ち上がる事が出来なかった。 


「家康覚悟!」


 風魔破金丸の鋼鉄の右腕が家康に向けられ、その手の甲から放たれた卍手裏剣が、家康を襲った。


「ウグッ!」


 手裏剣を額に突き立てたまま、家康は仰け反るように倒れた。 


「おおご……しょ……さまーっ!!」


 身体が動かない家来たちが、悲壮な顔で声にならない悲鳴を上げる。


 家康は、手裏剣に塗ってあった毒が回り、やがて死んだ。


「はっはっはっはっは。兄者、仇は取りましたぞ! 天下人家康を、この破金丸が仕留めたのじゃ! はっはっはっ!」


 家康の骸を見下ろす位置までやって来た破金丸は、勝ち誇ったように鎧を震わせて笑った。

 やがて異変に気付いた大勢の武士が、鉄砲隊や弓隊を率いてやって来た。

 破金丸は、金属音を響かせて動き出し、持っていた機関銃のような筒先を彼らに向けた。


「ゴー―――ッ!!!」


 途轍もない炎の海が、視界を埋める。破金丸の持っていた武器は火炎放射器だったのだ。

 彼に殺到していた武士たちはあっという間に炎に飲まれ、火達磨になって転げまわり、焼け死んだ。

 この破金丸こそ、鉄化巨兵軍団を作った、風魔の兵器開発者なのである。

 

「ふふ、これなら、何千の兵が来ても敵では無い。徳川の蛆虫ども、見たか我が兵器の威力を!」


 破金丸は、向かい来る武士たちを火炎で薙ぎ倒しながら、本丸へと向かって行った。



 一方、駿府城が見える位置まで来た蓮之助たちは、黒い煙を上げる天守閣を見て愕然としていた。


「しまった。遅かったか!」


 大三郎が顔を顰めた。


「急ごう。行ってみなければ分からぬ!」


 蓮之助は、頭に浮かんだ最悪の状況を振り払うように馬に鞭を入れ、先頭を走った。


 蓮之助たちが駿府城の中に駆け込み、見上げた天守閣は今にも焼け落ちようとしていた。

 眼前には、火炎に焼かれ、黒焦げになった骸がそこかしこに転がっていて、数多の怪我人が苦痛に顔を歪め、呻いていた。


 火を消そうとする者、怪我人を運び手当てしようと右往左往する者、逃げ出そうとする者と、城内は混乱を極めていた。


「一体何があったと言うのだ!」


 蓮之助は、座り込んで放心状態になっている一人の武士に聞いた。


「鉄の鎧を着た怪物に、大御所様が殺された……」

「何じゃと! それで、家康様は何処じゃ!」

「……二の丸御殿」


 四人が二の丸御殿の舞台の所に駆けつけてみると、そこには、無情にも家康の死体があり、周りに倒れている家来たちは、痺れ薬で動けず、口をパクパクさせるだけであった。


「家康様ーっ!!」


 無念の形相の蓮之助が家康を抱き起し、顔を覗き込んだ時、彼は何か違和感を感じた。辺りを見回すと家老の酒井の姿も見えない。

 蓮之助は、家康の額の手裏剣を引き抜き、見開かれていた目を閉じてやった。


「これは、家康様では無い!」

「えっ!」


 家康の顔を知っている大三郎が、覗き込んで来る。


「大三郎、この人は影武者だ。家康様はこの城のどこかに隠れているはず。二人で探してお護りしてくれ。我らは風魔と決着をつけに行く!」


 家康が生きていると分かって、蓮之助の顔には、厳しい中にもどこか安堵した表情が浮かんでいた。今、家康に死なれては、天下の騒乱は必至であったからだ。


「承知!」


 大三郎と福丸は、家康探索に走った。



 天守閣を焼き払い、向かい来る鉄砲隊や大筒隊をも、炎で撃退してしまった風魔破金丸。彼を倒す手段は最早無かった。

 駿府の城には、近隣から大勢の武士が駆けつけていたが、何も出来ずに彼を遠巻きにするだけだった。


「我は柳生蓮之助! 風魔神太郎は儂が斬った。悔しくばかかって来い!」


 破金丸の前に立ちはだかった蓮之助が、名乗りを上げた。


「? お前が徳川の犬、柳生蓮之助か。だが一足遅かったな、家康は既に打ち取ったぞ。これで徳川の行く末も危うくなったと言うもの、兄もあの世で喜んでいよう。最後にお前を血祭りにあげてやる!」

  

 鋼鉄の鎧を纏った破金丸が、火炎放射機の炎で蓮之助を襲う。 

 蓮之助は炎を避けながら気功剣を放ったが、鋼鉄の鎧に虚しく弾かれるばかりだった。

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