第20話 最後の風魔①

 『これで終わりだと思うな!』


 神太郎の断末魔の叫びが気になっていた蓮之助は、徳川軍の本陣に着くなり、総大将である井伊直政を訪ねた。

 

「蓮之助、華。秀忠様も無事に戻られた。皆、そなたたちのお陰じゃ、礼の言葉もない」


 直政は、左手を負傷している蓮之助と、両目に包帯をした華を見て、戦いの激しさを知り、将軍救出の立役者である彼らに、深々と頭を下げた。


「伊賀の衆や、徳川軍の応援があったればこそです。此方こそ助けられました」


 井伊直政の礼に、蓮之助も謙虚で答えた。


「それで、火急の用とは?」


 直政は、将軍秀忠の件が落着したはずなのにと、怪訝な顔を蓮之助に向けた。蓮之助は、神太郎の最後の言葉を伝えて、更に続けた。


「これは私の勘なのですが、神太郎の命を受けた風魔の残党が、駿府に向かっているかも知れないのです」


「何じゃと! 風魔の残党が大御所様を狙っていると申すのか?!」


 直政の顔からサッと血の気が引いた。


「取りあえず、我ら四人で駿府に向かいます故、伝令の為に各宿場に配置された、馬を借して頂きたいのです」

「分かった。お前の勘を信じよう。だが、その身体で大丈夫なのか?」


 負傷し疲れ切った蓮之助たちに、直政は顔を曇らせた。


「心配は要りませぬ。この身体で、風魔と戦いました。まだまだ戦えます!」

「……相分かった。これ、蓮之助たちに早馬の用意じゃ、急げ!」


 陣営は俄かに騒がしくなり、暫くして、蓮之助達四人の早馬が駿府に向かった。 

 駿府までは四十里、早馬を乗り継いでも二時半【五時間】はかかるのだ。


(間に合ってくれ!)


 蓮之助たちの乗った馬は、足も折れよと街道を疾走していった。


 井伊直政は、正気を取り戻した将軍秀忠を、兵二千に護らせて江戸城へ向かわせた。そして、自分は残りの二千の兵を率いて、蓮之助たちを追ったのである。



 その頃、家康の居る駿府城の門前に、賑やかな幟を靡かせ、荷車に溢れるほどの荷を積んだ、旅の一座が到着していた。

 彼らは、「かぶき踊り」で有名な出雲阿国一座であった。辛労続きの家康を慰めようと、側近たちが招いたのである。


「大御所様、『かぶき踊り』の、出雲の阿国一座が参りまして御座います」


 家老の酒井忠次が、浮かぬ顔の家康に告げに来た。


「踊りじゃと、秀忠の消息も分からぬ時に、見る気にもなれぬわ!」


 家康は吐き捨てるように言って、横を向いた。

 この時、秀忠奪還の報は、まだ駿府には届いていなかったのだ。


「風魔の里には、あの柳生蓮之助も向かったと聞いております。必ず秀忠様を救い出してくれましょう」


 家老の忠次は、何とか家康の機嫌を直したいと、蓮之助の話を持ち出した。家康は、何時も蓮之助の話をすると、機嫌がよかったからだ。


「うむ、そうじゃった。蓮之助たちなら活路を開いてくれよう。彼らなら……」


 家康は、蓮之助たちを思って安堵している自分に驚いていた。


「それにしましても、刺客を送り続けた徳川に手を貸してくれるとは。蓮之助という男がよく分かりませぬ」


 忠次が、頭をひねりながら言う。


「お前には、あの男の器量は測れまいのう……。良いか忠次、蓮之助にとっては徳川の事など、どうでもいい事なのじゃ。じゃが、徳川が崩れれば再び戦乱の世に戻り、民の苦しみが始まる事を知っておる。だから今は徳川を護ろうとしているのじゃ。命惜しさに徳川に尻尾を振っているなどと思ったら大間違いぞ」


 家康の鋭い目が、酒井忠次を睨んだ。


「……」

 


 二の丸御殿の大広間前の庭には、踊りの舞台があって、その中央で座長の阿国が、伏して家康の登場を待っていた。

 そこへ、家康が不機嫌そうな顔で現れて、阿国に面を上げさせた。


「大御所様、此度はお招き頂きありがとう御座います。不束な舞ですが一生懸命務めさせて頂きます」


 阿国の声は緊張の為か少し震えていた。


「見せてもらおう」


 家康の言葉に応えるように、三味と太鼓の囃子が鳴り出すと、右手に扇子、左手に刀を持った阿国が舞い始めた。

 一座の者は男が女装、女が男装していて、後ろで、阿国の踊りを盛り立てている。

 阿国の白い腕が、なまめかしく動き、男達の欲情をそそる。時に優雅に、時に淫らに、時に歌いながら物語を舞っていく。

 その妖艶な舞は見る者を魅了し、不思議世界へと引き込んでいった。


 最後の三味が掻き鳴らされ、阿国が膝をつくと、家康は我に返った。


「阿国とやら、見事な舞じゃ。さすがは天下に名を轟かすだけの事はある。大儀!」


 家康が、立とうとした時。

 舞台の中央で伏していた阿国の姿が、陽炎のように揺れたかと思うと、真っ黒な鋼鉄の鎧武者へと姿を変えたのだ。

 背丈は六尺、般若の仮面の兜を被った鎧武者は、左手に機関銃のようなものを持っていて、背中には大きな容器を背負っていた。


「「何奴!!」」


 突然現れた異様な鉄の鎧武者に、阿国一座の者は悲鳴を上げて逃げ去り、家康の周りを固めていた侍達が、刀の柄に手を添えて立ち上がった。


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