第19話 風魔神太郎

 東の空が白み始め、夜が明けて来た。

 そこかしこに座り込んだ徳川軍が、鉄化巨兵を倒した勝利の余韻に浸っていた時だった。


「蓮之助様……」


 蓮之助が振り向くと、手招いている華の姿があった。何故か、華の目の包帯は取れていて、涼しい目を蓮之助に向け、遠ざかっていく。彼は、痺れの残るふらつく身体で、華の後を追っていった。



 家と家の間の路地を曲がった所で、華が背中を向けて待っていた。

 蓮之助が華に近付いた、その時、本陣に置いてきたはずの柴犬のテンが走って来て、彼女に激しく吠えたてた。


「テン、華を忘れたのか? 華、どうしたのだ?」


 彼がテンを静めて、華の肩に手を置こうとした刹那、彼女の着物が紫色にフッと変わったかと思うと、風魔神太郎の姿になって蓮之助に斬りつけてきた。

 

「蓮之助様!!」


 後方から華の叫び声がしたのと、彼女が、蓮之助の背中にドンと抱きつくようにぶつかったのが、ほぼ同時だった。見ると、華の右腕の刀が、蓮之助の脇の下を抜けて、神太郎の右腕を貫いていた。


「何!? これはどうした事だ!」


 我に返った蓮之助が、何が起こったのかと背中の華を見た。


「危のう御座いました。蓮之助様は、神太郎の幻術に掛かっていたのです」


 風魔神太郎は、血が吹き出す腕を押さえて倒れていた。


「くそっ、もう少しのところを、よくも邪魔をしてくれたな!」


 神太郎が身体を起こし、華を睨む。すると、テンが再び吠えたてた。


「神太郎、秀忠様は何処だ!」


「ふん、こうなれば秀忠共々討ち死にするまでだ。お前らには渡さん!」


 蓮之助が神太郎に近付こうとすると、彼は、あっという間に屋根に飛び上がり、姿を消した。


「華、恐らく秀忠様は館のどこかに居るはずだ。先に行って探してくれ!」


「はい!」



 華が、館の前に戻ると、数百の徳川軍は、屋敷を取り囲んで待機していた。

 彼女は、大三郎、福丸と数人の伊賀者とで館に入っていった。


「華様、人の気配はありますか?」


 大三郎が、自分の鍛え抜かれた耳より華の心眼の方が正確だと彼女に聞いた。華は立ち止まり、全神経を集中させて館の中の人の気を探った。


「二階です。二階の右手の奥の部屋に誰か居ます!」


 彼らは二階に上がり、右奥の部屋の前で一旦止まると、目で合図をして一気に襖を開けた。


「止まれ! 一歩でも入れば秀忠の命はないぞ!!」


 部屋には、火薬の樽がぎっしりと置かれていて、中央奥の柱に、将軍秀忠が縛られていた。そして、その横には、左手に松明を持った神太郎が、憤怒の顔で仁王立ちしていた。


「秀忠様!!」


 大三郎が叫んだが、秀忠はぐったりしていて返事は無かった。大三郎達が部屋へ入ろうとするのを、遅れて来た蓮之助が止めた。


「儂があの腕を斬り落とす。松明を落とさぬよう処理できるか?」


 小声で言った蓮之助が、華たち三人と目で合図しあってから一歩踏み出した。


「風魔神太郎、もはやこれまでと観念致せ!」


「蓮之助、この状況が分かっているのか? これだけの火薬が爆発すれば、此処に居る者はおろか、外を取り巻いている者達も皆死ぬんだぞ!」


「やるがいい。秀忠様を殺しても、徳川の世は終わりはしない。お前のやった事は、何の意味も無かったということだ」


「ええい、黙れ! かくなる上は諸共に死ね!!」


 挑発に乗った神太郎が、松明を持った左腕を火薬に近付けようとした刹那、彼の左腕は、蓮之助の気功剣で斬り落とされ、華たちが投げた三本の太刀が、松明を握ったままのその腕を後ろの壁に貼り付けた。

 そして、張り付いた腕の手から落ちかかった松明を、疾風のように入って来た華が、しっかと握った。


「間一髪だったな。伊賀の衆、秀忠様を外へお連れしてくれ!」


 蓮之助たちが見守る中、伊賀者達が、ぐったりした秀忠を担いで部屋を出て行った。

 両腕を斬られた神太郎は、戦意を喪失して転がっていた。


「神太郎、天下を騒がせた罪は重い。その命で償え!」


 蓮之助は、華から受け取った松明を神太郎の左腕の脇に挟んだ。


「止めを刺さないので?」


「死に方くらい選ばせてやれ」


 訝る大三郎達を急かせて、蓮之助達が館を出た直後、


「蓮之助! これで終わりだと思うな!」


 神太郎の叫びと共に、館は大爆発を起こして吹き飛び、風魔の里は壊滅した。



「皆よくやってくれた、礼を申す!」


 蓮之助が、徳川軍に労いの言葉をかけると、皆、剣を突き上げて勝鬨をあげた。

 蓮之助の指揮で、徳川軍の犠牲者と巨人達を荼毘に付して弔った。そして、巨人たちの灰は、海に流してやった。


「これで、彼らも故郷に帰れよう」


 蓮之助の心の中で、巨人たちが故郷の街を目指して航海に出る姿が、鮮明に浮かんでいた。


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