第5話 徳島藩の乱
日が傾く頃、蓮之助と華の乗った船は徳島の港へと入っていった。前方には懐かしい眉山が見えていたが、華の心は役目を果たす事で満たされていて、郷愁の念は起こって来なかった。
船を降りた二人は、その日の内に藩主蜂須賀家政公に拝謁するつもりで、徳島城へと急いだ。
途中何事も無く、二人が徳島城へ着いた時には、既に日は落ちて薄暗くなっていた。
大門の前には篝火が焚かれていて、門番の侍達が周りを固めていた。浪人と娘姿の蓮之助たちが門前に立つと、彼らは怪しんで駆け寄って来た。
「お前達、何か用か!」
門番の侍が目をむいて怒鳴った。
「島崎右近の娘、華にございます。至急、殿にお目通り致したく参上しました」
華が名乗ると、門番達の顔色が変わり、その目が光った。
「おお、聞いておる案内しよう……」
門番の一人が、急に態度を変えて先に歩き出すと、別の二人が蓮之助と華の脇にピタリと付いた。彼らは城内の一室に蓮之助達を案内した後、「暫し待て」と言って姿を消した。
「華、何か様子がおかしくはないか?」
蓮之助は、門番が立ち去った方向を睨みながら首を傾げた。
「はい。仇でも見るような、彼らの目つきが気になりました」
「どうやら、もう一波乱ありそうだな」
華は不穏な動きを察知し、刀に手を掛け身構えた、その時、
外の廊下が騒がしくなったかと思うと、たすき掛けに鉢巻を巻いた武士の一団が、障子を蹴破り部屋になだれ込んで来たのだ。
「無礼者! お主ら、江戸家老、斎藤典膳の配下の者か!?」
蓮之助の一喝に彼らは一瞬怯んだが、「問答無用!」と斬りかかって来た。
蓮之助と華は、彼らと斬り結びながら廊下へ飛び出し、背中を合わせて必勝の体勢になった。
挑んで来る者を次々と蹴散らし、斬って斬って斬りまくった。
蓮之助と華は、怪我人の山を作って、最後の一人を捕まえると、藩主家政公の居場所を聞き出した。
「と、殿は、西の丸に居られます……」
蓮之助と華は、そのまま西の丸へと押し入り、向かってくる敵に大声で叫んだ。
「柳生蓮之助並びに島崎華、蜂須賀家政公をお救いするために参上致した! 命が惜しくば道を開けよ! 家政公を護らんとする者は我に加勢いたせ!」
蓮之助と華は、ここでも、向かってくる敵を斬り続けて押し進み、最後の部屋の襖を開けた。
そこには、江戸にいるはずの斎藤典膳が蜂須賀公を人質にして、十人ほどの家来と立て籠っていたのだ。
「貴様何者だ! 手出しすれば殿の命は無いぞ!」
典膳は、刀を抜いて蜂須賀公の首元に押し当てた。
「我は、浪人柳生蓮之助。義によって、蜂須賀公をお助けいたす!」
蓮之助は剣を捨てると、つかつかと典膳の前に歩いていった。
「止まらぬか! ええい、斬り捨てい!」
配下の者が一斉に蓮之助に斬りかかったが、彼は無刀取りの妙技で、相手の剣をかわし、取り上げ、打ち据えた。それは、舞を舞うが如く優雅にさえ見えて、あっという間に、十人は畳の上に転がっていた。
「何!」
蓮之助の華麗な動きに気を取られていた典膳が、傍に来ていた華に気付いた時には、彼の右腕はバッサリと斬り落とされていた。
腕を押さえ血まみれになって転げまわる典膳を尻目に、華は蜂須賀公を助けて蓮之助の傍に寄り添った。
「蜂須賀公、お怪我はございませぬか?」
「大丈夫じゃ。柳生殿、よくぞ典膳めを打ってくださった。礼の言葉も無い」
家政は蓮之助と華に頭を垂れた。
「殿様、島崎右近が娘、華にございます。父は、典膳の配下に殺されましたが、典膳の悪事を記した書状を江戸より預かって参りました」
「なんと! 右近は余が最も信頼する家来の一人だったに、無念じゃ……。華、そなたもよくやってくれた、礼を申すぞ」
家政は、優しく華の手を取って労いの言葉をかけた。
「殿ーっ! 殿!」
典膳に捕らえられていた重臣達が解放され、慌ただしく入って来ると、彼らは家政の元気な姿を見て、涙ながらに喜び合った。
重臣たちは、蓮之助と華に丁重に礼を述べて、家政と共に本丸の方へと引き上げていった。
斎藤典膳の謀反から十日余りが経って、全ての関係者が裁かれ、この件は落着した。
典膳は腕の傷がもとで、三日目に死んだ。
蓮之助は、城を出ると華に別れの挨拶をした。
「華、よく頑張ったな。父上も喜んでいよう。息災でな」
背を向けて歩いてゆく蓮之助を、華が追いかけた。
「蓮之助様! このままでは私の気が済みませぬ。せめて、田舎の母に会っていってくださいませんか?」
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