第34話 懇願する夫妻と、狂い出す青年騎士

「四魔族……だと?」


 ライルの言葉を聞き、クロノが口調も忘れて聞き返す。

 そして、その瞳は鋭く細められている。


「あッ……ああ、四魔族だ。その証拠に、あの子の脇腹には〝魔族紋〟が浮かび上がっている」


「魔族紋……なるほど、その身に四魔族の魂を宿して生まれてきたということか」


「その通りだ。よく知っているね、クロノ君は」


 四魔族とは、魔王の側近として仕える力のある四柱の魔族のことだ。


 過去、魔神、そして七大魔王とともに、四魔族は討滅・封印された。


 そんな四魔族が、人間の体に魂を宿した事例が過去に報告されている。


 四魔族の魂を宿した人間は生まれつき魔族紋と呼ばれる紋章が、体のどこかに刻まれている。


 そして、その人間が成人を迎えると同時に、四魔族の魂は体を乗っ取り、完全な復活を遂げる。


「シェリルは、そのことを……?」


「ああ、知っている。自分が成人を迎える前に、死ななければならないという事実もね……」


 四魔族の復活を食い止める方は二つ。


 特殊な方法でその魂と体を分離するか、もしくは四魔族の魂を宿した人間が死を迎えるか――


(なるほど。だからこそ、この二人はシェリルが自由に行動することを許していたわけか……)


 クロノはそれを理解する。


 成人するまでに死ななければならない運命……。


 そんなシェリルに、少しでも自由に生きてほしい――


 ライルとアニューはそう願って、シェリルが思うがままにさせていたのだ。


「ということは、吾輩への頼みというのは……」


「ああ、シェリルを、四魔族の魂から解放して欲しい」


「お願い、クロノ君……!」


 ライルと一緒に、アニューも懇願してくる。

 その表情は今にも泣き出しそうだ。


「魂の分離方法に心当たりは?」


「ああ、もちろんある。私は超級鑑定スキルを持っているからね」


「聞かせてほしい」


「ああ、まずは……」


 クロノに説明を始めるライル。


 内容は以下の通りだ。


 まずは特殊なマジックアイテムで結界を用意する。


 その結界の中で特定のモンスターを五百体討伐し、さらに他のマジックアイテムでモンスターの魂を集める。


 そして、集めたモンスターの魂をシェリルの中に注入し、彼女の中に宿る四魔族の魂を暴走させ、彼女の中から引きずり出す……。


「特殊な結界、という話だが、その結界の範囲は……?」


「術者の持つ魔力量によって結界の大きさは変わる。クロノ君が百体近いモンスターを殲滅するほどのスキルを持っていると聞いて、僕は思ったんだ。それだけのスキルを使うクロノ君であれば〝迷宮を包囲できるほどの結界を生み出せるんじゃないか?〟ってね……」


 なるほど……よく考えたものだ。


 と、クロノは感心する。


 確かに、普通であれば範囲の狭い結界の中で五百体ものモンスターを倒すのは不可能だ。


 しかし、迷宮全体を結界で覆ってしまえば話は別だ。


 迷宮はモンスターが次から次へと湧いてくる。

 特定のモンスターの魂を……という話だが、迷宮に生息するモンスターを調べた上で、ライルはこの話をクロノに持ちかけたのだろう。


「こんな話、誰にも相談できなくてね。最初は勇者を有する帝国勇者団に相談することも考えたけど……」


「間違いなく、シェリルは殺される……か」


「ああ、帝国がこんな危険な賭けに出るわけがないからね」


 ライルの話に、クロノは納得する。


 四魔族をその身に秘めた人間の存在が知られれば、帝国は間違いなく安全牌をとってその者を始末するだろう。


「どうだろう、クロノくん。引き受けてくれないか?」


「クロノ君……!」


 またもや縋るような表情でクロノに懇願するライルとアニュー。


「まずは結界を作り出すマジックアイテムを見せて欲しい」


「わかった、これだ」


 そう言って、ライルが机の下からクロノに一つのランタンを差し出した。


(カレン、吾輩がこのマジックアイテムを使った場合、迷宮を覆うほどの結界を張ることは可能か?)


【クロノ様の持つ魔力量であれば、可能です】


 人の心象の解析をできるくらいなのだ。

 マジックアイテムの解析もできるだろうと、カレンに聞いてみれば、案の定そんな答えが返ってきた。


「引き受けよう、シェリルは仲間であり友だからな」


 クロノは言う。


 それを聞き、ライルは「……! ありがとう……ッ!」と頭を下げ、アニューは涙を流し、その場にしゃがみこんだ。


 シェリルのことを、クロノはすでに友として認識していた。

 そんな彼女のためなら、一肌脱いで見せよう。


 それに、クロノは魔神に連なる者を許さない。

 四魔族の復活など以ての外だ。


 心優しき最強聖獣……ベヒーモスとして、悪を討つための戦いを、再び始めることを決意する――


 ◆


 その頃、男爵家の屋敷で――


(くそ……っ! あと少しでスミレは僕の物だったというのにッッ!)


 自室で酒を瓶ごと呷りながら、ザックは荒れていた。


 その目は血走り、酒を持つのとは反対の握り拳からは血が流れている。


 美しいスミレ、自分が初めて惚れ込んだ相手、スミレ……。


 家の力を使ってでも手に入れたかった彼女を、たった一人の少年の行いで奪いさられた。


 それが悔しくて、そして憎くてしょうがないのだ。


「見てろよ。クロノ、スミレ……僕をコケにしたこと、必ず後悔させてやるからな……ッッ!」


 壮絶な笑みを浮かべて、ザックは呪詛を吐く。

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