第33話 楽しい時と新たな戦いの兆し
「家の借金が理由で男爵家に嫁入りか……」
スミレに何となくの事情を聴き終えたところで、クロノが何とも言えない表情で言葉を漏らす。
話を聞けば、スミレの家は没落貴族の家系であり、そのせいで多額の借金があったらしい。
スミレは少しでも借金を返すべく、騎士団に入り隊長の座まで上り詰めた。
しかし、それでも借金は巨額であり、気休めにしかならなかった。
「そんなスミレさんに、副隊長であるザックさんが惚れた……というわけですね?」
「ああ、その通りだ、アリアフィーネ。ザック副隊長は男爵家の嫡男だ。彼と結婚すれば借金を肩代わりしてくれると、男爵家からの申し出があり……両親はそれを飲んでしまったんだ……」
アリアフィーネの質問に、悔しそうな表情をするスミレ。
家のために頑張ってきたのに、両親に売られるような結果となったのだ。悔しくて当然だ。
だが、それでもスミレは両親を憎めなかった。
騎士団に所属していることを理由に、婚姻することを何とかここまで避けてきたのだ。
しかし、いつまでもそんな風に逃げきれるはずもなく、ザックは最近執拗にスミレに迫ってきていた。
そんな矢先に起きたのが、今回の事件だ。
クロノが皆で山分けすると言った報酬……それは借金を完済できてしまうほどの額だった。
それ即ち、スミレが男爵家に行かなくても済むということである。
スミレは暗い未来から解放された。
だからあの場で脱力し、嬉しくて涙を流してしまったのだ。
それを理解したからこそ、ザックは逆上し、クロノに刃を向けようとしたわけである。
(まずい! 深く関わらないと決めた矢先に、トンデモナイことになっておるぞ……!?)
クロノは心の中で叫ぶのだった。
「クロノちゃん、本当にありがとう……。これで私は自由になれる。大好きだ、クロノちゃん――」
そう言いながら、スミレがクロノに近づくと……。
チュ――ッ。
……そんな音を響かせて、彼の頬に口づけをする。
「わ〜! スミレ隊長、大胆なのです〜!」
「や、やん! アリアフィーネさんだけでなく、スミレさんにも先を越されてしまうなんてっっ♡」
ナタリーの興奮した声に続き、シェリルが悩ましげに体をモジモジさせる。
グラッドやレイラも盛り上がり、アリアフィーネは「まぁ、ほっぺですし、許しましょう……」と少し怖い笑顔を浮かべる。
ザックのことは気になるが……今はスミレの自由を祝ってやろうと、クロノも苦笑しながら
◆
数日後――
「ふぁ〜、水が冷たくて気持ちいいです」
アーデ家の屋敷、その庭に設けられたプールに浮かび、アリアフィーネが思わず声を漏らす。
今日は、冒険者稼業は休みにしよう。
そうクロノが提案すると、シェリルに屋敷のプールで一緒に遊ぼうと招かれたのだ。
「プールというものに入るのは初めてだが、なかなかいいな」
同じくプールの水に浮かびながら、気持ちよさそうな表情を浮かべるスミレ。
クロノから報酬を分けてもらった彼女。
次の日には男爵家――ザックの両親のもとに家族で訪ねて、婚約破棄を願い出た。
ザックと違い、彼の両親は良識のある人物だったらしく、事情を聞けばすんなりそれを受け入れたそうだ。
それを聞いていたザックの形相は凄まじいものだったらしいが……男爵の前で、何かをしでかすことはなかったようだ。
借金も返すことができた。
ならばたまには休みを取ろう……。
そう考え、騎士団長に有給をもらったそうだ。
そんな彼女を、シェリルが屋敷に誘ったわけである。
「クロノ様、初めてのプールはいかがですの?」
「ああ、こうして水に浮かんでいるとなんだか落ち着いていいな」
アリアフィーネたちと同じく、プールに浮かぶクロノ。
そんなクロノの言葉を聞いて、シェリルは満足げだ。
ちなみに、アリアフィーネは黒のビキニを着ている。
彼女の豊満なメロンバスト、そして白い肌がなんとも眩しい。
シェリルは白のワンピースタイプの水着だ。
上品な雰囲気の彼女にとてもマッチしている。
そしてスミレ。彼女は意外にもピンクのフリルがついた可愛らしい水着をチョイスした。
普段の凜とした雰囲気とのギャップがなんとも新鮮で愛らしい。
そして重鎧のせいでわかりにくかったが、スミレのバストもなかなかに実っていた。
騎士として働いているので、薄っすらと腹筋が割れているのが見えるが、それがさらに彼女をセクシーに見せる。
「ふふっ、ご主人様……♡」
「ア、アリアフィーネ、そのような格好で抱きつくな……っ」
気持ちようさそうにプカプカと浮かぶクロノに近づくと、アリアフィーネが彼のことを抱きしめた。
水着姿なものだから、むにゅむにゅとした感触がほぼダイレクト伝わる上に、シェリルとスミレの前というのが、何とも恥ずかしい。
「や、やん! 私の前で見せつけつけるのはダメと言ってますのに! んっ、ん……っ♡」
「ず、ずるいぞ! 私もクロノちゃんを抱っこしたい!」
イチャイチャするクロノとアリアフィーネを見て、シェリルは身悶え、スミレが「自分も!」と言って近づいてくる。
四人は楽しい時間を過ごすのであった――
◆
数時間後――
「呼び出して悪いね、クロノ君」
「吾輩だけを呼び出すとは……いったいどのような用件ですか?」
プールの後、クロノはシェリルの父親であるライルの部屋に、たった一人だけ呼び出された。
ライルの横には真剣な表情をした、彼の妻であるアニューが立っている。
呼び出された時点で嫌な予感がしていたのだが……アーデ家の当主からの呼び出しであれば、応じる他あるまい。
「少し質問なのだけど、クロノ君がスキルでゴブリンキングを、そしてその配下を百体近く……それも一撃で殲滅したというのは本当の話かい?」
「む? 確かに事実です。それが認められたからこそ。吾輩はAランク冒険者に認定されました」
「なるほど……」
クロノの返答を聞き、顎に手を当てて、何やら考え込むライル。
そしてそのままアニューと視線を交わすと、二人で頷きあう。
「クロノ君、頼みがある。この頼みを聞いてくれるなら、私の持っている全てを君に差し出そう」
いつもは朗らかな表情のライルが、どこまでも真剣な表情を浮かべて、クロノに告げた。
「……頼み、とは?」
静かに聞き返すクロノ。
真剣味を帯びたライルの言葉……嫌な予感はするが、何か放って置けない気がしたのだ。
「クロノ君。もし……シェリルの中に〝四魔族〟の魂が宿っていると言ったら、君は信じるかい……?」
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